47.j.
2015 / 08 / 31 ( Mon )
「私は人間の身体能力の高みなど目指してはいない。そんなものはお前が目指していればいいさ」
「……興味ない」
 既にゲズゥは湾曲した大剣をマホガニー製の鞘から抜いていた。夜気に晒された鉄の煌めきをこれほどまでに頼もしく思ったことは、かつてあっただろうか。 (マホガニー=木材の一種。時と共に赤茶色の色味を増すことを特徴の一つとする)

「オルト、ミスリアを頼む」
「よかろう。頼まれてやる」
 颯爽とゲズゥが駆け出したので、王子が声を張り上げて応じた。

「さて。私は白兵戦は苦手な方でな。規格外が相手では役に立てん」
 自慢げとまではいかないけれど、開き直った様子で王子はスラリと剣を抜いた。ゲズゥの助太刀に向かう気は無いと断っているようだった。
「あ、あの。竜の方は厄介な音波攻撃をしてくるので、できるだけ妨害できませんか」
「なるほど。わかった……と、ならば聖女よ、お前はあの二匹を僅かな時間でも拘束する術を持っているか?」
 目を細めて、王子は南の共通語で囁きかけてきた。何かを企んでいる眼光だった。

「推測の域を出ないが、奴らはおそらく一度に一つ以上のことに集中できない」
 彼が片手間に切り伏せている魔物を尻目に、ミスリアは思考回路を力いっぱい回した。あることに思い至ると、王子が地面に下ろした荷物を手早く漁り、目当ての物を取り出す。
「できると思います」
「ほう」
「これを、持って……私が合図をしたら、すぐに手放して離脱して下さい」
 荷物から取り出した小物を王子に差し出した。彼は素直にそれを受け取って手の内に握り締めた。

「承知した。それはいいとして、お前を一人にして平気なのか」
「大丈夫です。行って下さい!」
 ミスリアが懇願すると、王子は口の端を吊り上げた。彼はそれ以上は何も言わずに、踵を返した。

 荒事の渦中に向かって走る男性。先にそこに居た長身の青年は、大剣を振り回して「混じり物」の二人を翻弄している。こうして離れて眺めていると、少年たちがあまり実戦慣れしていない事実が浮き彫りになってくる。王子の言った通り、意識の幅が狭いのである。怒りの標的を巨大な刃物を振り回す人間に絞っている所為で、王子の立ち回り方にまで注意し切れていない。

 ジェルーゾが飛翔しようとすれば王子のクロスボゥから矢が飛び出し、ジェルーチが攻撃を仕掛けようとすると、ゲズゥの大剣が振り下ろされた。
 一方、ミスリアの周囲には十から二十ほどの数の魔物の個体が近付いていた。どれもあのモグラ・アルマジロのような大きさは無いが、サソリが地中に潜るみたいに、動きは素早くて不規則だ。

 ミスリアは膝を折った。地面に正座して身を安定させ、目を閉じる。
 祈りはきっと容易に届く。十五年の人生の中で最も長い間持ち歩いていた代物なのだ。その重みも感触も、移ろう温度も、銀の匂いも、細かい傷の数に至るまで、熟知している。

「未熟者どもめ。宝の持ち腐れとは、お前たちのことを言う。せっかくの強大な力も、真っ直ぐ向かって来るだけでは芸が無いぞ」
「はあ!? おっさん、いきなり出てきて偉そうにすんな!」
 王子の挑発にのせられて憤るジェルーチ。

「今です! 離れて下さい!」
 好機とばかりに、ミスリアは叫んだ。
 避雷針に雷を落とすイメージ――
 胸元の水晶を用いて溜め込んだ聖気を、オルト王子に持たせたアミュレットに向けて解き放った。

 目を開くと――後一歩でミスリアの膝に噛み付けそうなほど傍に来ていた、狼にも似た化け物が、ぴたりと動きを止めるのが確認できた。

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