47.b.
2015 / 08 / 12 ( Wed )
 きょとんとした顔で言われ、いよいよゲズゥは返す言葉が見つからなかった。やむなく、会話の矛先を逸らした。

「それより痛い所と言ったが」
 またもや歯を食いしばり、緩慢に上体を起こした。こんな当たり前の動作をこなすのに、いちいち激痛の火花が弾ける。
「はい」
 察したのか、ミスリアは四つん這いになって背後に回る。次いで息を呑むのが聴こえた。

「こ、れは……ものすごく、痛いのでは」
 眺める方も随分と苦しそうである。当事者は患部が見えないので、その点に関しては救われているのかもしれない。
「ああ」
 短く答えた。というより、息が上がってそれ以上言葉を継ぐことができない。

「じっとしていてくださいね」
 すぐさま温かい風みたいなものが背中を掠めた。
 そこを中心に雨の感触が遠のくようだった。目を閉じると、瞼の裏が淡い白光に満たされる。

 これまでにミスリアから受けた聖気となんとなく質が違う気がした。より清涼で、濃い。それでも少女の心根を感じさせる点で言えば、変わりはないのだが。
 数分もしない内に、打って変わって――ついさっきまで全身を蝕んでいた「痛覚」という概念は何だったのか、ふと思い出せなくなるくらいには気分が良くなっていた。

 それでいてこの間(かん)、左眼だけは時折、ちくりとささやかな不快感を訴えてくる。

「もう大丈夫でしょう」
 ミスリアが満足気に告げるのを合図に、ゲズゥは目を開けて速やかに四方に視線を走らせた。目当ての物を見つけ、立ち上がる。
「移動する」
「え、あ、はい」

 目標の場所まで歩き出しながらも、少女がちゃんとついて来ているのか、振り返って確かめた。
 やがて一つの谷肌の窪み、つまりは洞窟の前に辿り着けた。洞窟と言っても、浅く狭い。五人も詰め込められたら頑張った方だろう。

 とはいえ、あの重苦しい雨を逃れるには十分だった。
 早速地面に腰を落ち着けたミスリアの傍らで、ゲズゥは屈んで土の中を漁り出した。

「何か探してるんですか?」
「薪になりそうな物を」
「なるほど……」
 頷き、ミスリアも倣った。だが洞窟の中は湿った臭いが充満している。見つけられたとしても、なかなか火は点かないと予想がつく。

 とりあえず五分かけて、二人で樹皮やら小枝やらをそれなりに集めた。もういいだろうと考え、ゲズゥは土を探る手を止めた。同時に、失念していた重要事項に思い当った。

「忘れていた。服を脱げ」
 ゲズゥは屈んだまま、背中越しに指示した。
「へ?」
 少女から素っ頓狂な声が返る。

「早くしないと冷えるぞ」
 指示した内容のままに自分も実行した。ずぶ濡れの状態では、服は余計な枷でしかない。しかも、既に体温は大分下がってしまっている。
「火が起こせたら、乾かせばいい」
 脱いだマントと腰布を適当に捨てて、ゲズゥは今度は洞窟の外へ一歩足を踏み出した。

「ま、待ってください、その格好でどちらに?」
「火打石を探す」
 そう言い残して、ゲズゥは小走りで岸に向かった。

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