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2015 / 07 / 23 ( Thu ) 「王子はどうして此処に居るのですか」
彼が檻の下に回って網を切り開いてくれるのを待つ間、手持無沙汰なミスリアは質問を投げかけてみた。 正直のところ、答えてくれるとは思っていない。 「私の砂場だ。居て当然だろう」 ミョレン王国第三王子オルトファキテ・キューナ・サスティワは、こちらを見向きもせずに答えた。檻の底から両手でぶら下がっている。左腕を治してあげられたのは、懐の中の水晶のおかげである。 「砂場?」 「なんだ、それもゲズゥに聞いてないのか」 「いいえ」 「聞きたいか?」 王子は片手を空けて、抜き身のナイフを構えている。 「……聞かない方が良いのなら、聞きません」 逡巡した後、ミスリアはそう答えた。鉄格子にしがみついた姿勢で、王子の一挙一動を見つめる。 「ああ。情報を知って何かしら害が及ぶのかと案じているのなら、それは問題ない」 ――ギリッ! 短い金切り音が響いた。反射的に目を瞑り、再び開くと網には既に裂け目ができていた。それをオルト王子はナイフの背を当てて淡々と広げている。指の開いた軍手を嵌めていなければ、手の甲を怪我していたかもしれない。 「そうですか。では聞きます」 「よかろう」 十分に裂け目が開けたところで王子はナイフを腰の鞘に納め、再び空いた右手を差し出して来た。 その手を見つめて、一瞬、ミスリアは本気で恐怖した。 我が身を委ねていいのだろうか。人に関して「使い道」なんて言い回しを使う男にとって、約束を破るのは日常茶飯事では――? (ここまで手間をかけて人を騙すなんて…………ありえない話じゃないし。わからないわ、誰か教えて) 袖の中に潜む異形の存在を想った。もしもソレか、或いはソレに連なる人物が、ミスリアが間違った選択をしていると判断したら、妨害してくるはずだ。そう思い込めば、恐怖は薄れた。 「私の首にしがみつけ。あとできれば足も巻きつけるといい、その方が安定するだろう」 「わかりました」 言われた通りにせんと腕を伸ばす。よく知らない人間に密着するのは気が進まない話だけれども、思い返せば、ゲズゥだって最初はただの他人だった。 つべこべ言っていられる状況ではない。谷に落下せずに済むなら、今は何でもやるつもりでいる。 一度深呼吸をしてから、滑り落ちるようにして檻から出た。背中辺りの布が、切れた網に引っ掛かって破ける感触があった。 「ほう」 王子の首に腕を回したのと同時に、力強い片腕がミスリアの腰を締め付けた。 「何か?」 「予想以上に重いな」 |
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