43.h.
2015 / 05 / 28 ( Thu ) 「暖かくなりましたね。聖地のためとはいえ、随分居座ってしまいました」
「そんな風に言わないでよ、寂しいわ。春になって沼を調べたら、次に行っちゃうんでしょ?」 「知るべきことを知ることができれば、発ちます」 「そっか」 落胆の濃い返答が返る。 そこで、ミスリアは青空を見上げて己の旅路に想いを馳せた。 警戒態勢が解かれた東の城壁の塔を訪れても、めざましい手がかりは得られなかった。聖地としてあの塔に満ちた聖獣の残滓と同調はできても、過去の映像や空を飛んでいるという恐ろしく鮮明なビジョンを視ただけで、次に行くべき場所まではわからなかったのである。頼みの綱は沼地だけだ。 「話変わるけど、今日は小間物屋を見て回ろうと思ってたの。一緒に行かない?」 「小間物――……あ!」 ティナの提案を聞いた途端、買い損ねたショールを思い出してミスリアは無意識に膝を叩いた。その旨を伝えると、ティナは起き上がって「戻ろう! 今すぐ!」と目を輝かせた。 「い、いいですよ。どの道にあったのか正直憶えてませんし」 「そんな、頑張って探しましょうよ。素敵な一点物との、またとない出会いだったかもしれないでしょ」 「でも――」 本当にあれが欲しかったのか、商人に言いくるめられていただけなのかもわからないのに。なんとなくゲズゥの方に目を動かしたら、絶妙なタイミングで彼の背後にパッと誰かが現れた。 「やあ、聖女さん。今日も可愛いね。春の日差しを待つまでもなく、君の傍はぬくぬくと気持ちよさそうだ」 もはやクセなのか、絶世の美青年は優雅に片膝をついてミスリアの手の甲に唇を付けた。 「リーデンさん。こんにちは」 人間は何でも慣れられるものらしい。彼と共に過ごしてきた数か月の内に、この挨拶には大分驚かなくなっていた。とはいえ肌に触れる温もりばかりには、気を抜けばすぐに頬の紅潮を許してしまいそうだけれど。 「よっくもまあそんな歯の浮くよーな台詞を」 傍観していたティナは苦虫を噛み潰したような顔をしている。 「この程度のことで浮くほど僕の歯茎はヤワじゃないよー。って、あれ? ティナちゃん、釈放されたんだ。おかえり~。髪伸ばした方がもっと美人さんだね」 「褒めたって何も出ないわよっ!」 叫び声と一緒にサンダルやら石やらが宙を飛んだ。何も出ないというより、正確には「手が」出るらしい。リーデンはころころ笑いながら兄を盾にして避けている。 とばっちりを食らってゲズゥには色々な小物が当たっていた。 (避ける気ないのかな) と思ったら、青年は緩慢と欠伸をした。眠いからか、または面倒だからか動きたくないようである。 「そうそう、聖女さん」 いつの間にか傍に近寄り、リーデンは覗き込むようにして話しかけてきた。銀色の髪がサラサラと風に揺らされている。 「はい、何でしょう」 この美貌を至近距離で眺めるのにはいつまでも慣れそうにない、などと思いながら訊き返した。 「君に頼まれてたヤツ。結構苦労したけど、もうすぐできあがるよ」 勝ち誇ったように彼は右目だけを瞬かせた。 「えっ、本当ですか。ありがとうございます!」 仕草に見惚れたのは一瞬のことで、次には嬉しさのあまり、破顔しながらお辞儀をした。 「何のこと?」 横合いからきょとんとしたティナが問う。 「水めがね。沼ときたら、裸眼で潜るわけには行かないからね。内陸だから帝都ではあんまり流通してなくて、人づてに特注するしかなかったんだよ」 「ああ、なるほど。これで準備万端、後は暖まるのを待てばいいわけね。ねえミスリアちゃん、待ってる間って暇?」 「おそらくは……聖女としてのお勤めも体力の限界がありますし、毎日用事があるわけではないですね」 「じゃあよかったら一杯遊んでね。子守りは、なるべく頼まないようにするけど。春の行事なら苺の収穫祭とかあるのよ」 「収穫祭! 楽しそうですね、是非行きたいです。子守りは私はあまり上手にできないと思いますけど……できるだけ手伝います」 「その気持ちだけでも十分よ。意外とそっちのデカブツたちは、楽々と子供たちの遊び相手になれるみたいだしね。体力が有り余ってるからかしら」 リーデンらを瞥見し、呆れたように彼女は肩を竦めた。 それに対しミスリアは「さあ……」と最初は苦笑いしたものの、二人が子供に囲まれて遊んでいる図を思い出して段々とおかしくなり、気が付けば声に出して笑っていた。 お喋りを主体とした買い物の時間に続き――それからこの日は、朗らかな笑い声の絶えない午後となった。 43あとがき。 この作品にはまともな貴族が登場しませんが、ミスリアの前に登場してないだけで他の場所にはいるのだと脳内補完しててください(笑 後始末回だったので派手な動きは無いですが、こういうのも必要ってことで。 なんと言っても43の見どころは串を噛み切るげっさんですかね。それと、はい、ティナちゃんは兄弟の遠い遠い親戚みたいなもんです。 なんか色々他にも言いたいことがあった気がしますが、忘れたので仕方なし。次回思い出せたら書きますw いつもご愛読ありがとうございます。 44でお会いしませう! |
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