41.c.
2015 / 03 / 10 ( Tue )
「なになにー? 何の話ー?」
 ファミリールームに着くと、単色の明るいシャツを着たリーデンが死角からひょっこり現れた。彼は直ちにミスリアの髪に注目し、そっと撫でた。
「すごーい、さっぱりしたねぇ。かわいいかわいい」

「そうでしょうか」
 つい照れ隠しに毛先を指で梳いたりする。
「うん。ティナちゃんってば、お上手だね。兄さんも切ってもらえばー?」

 呼ばれて、部屋の中心に座すゲズゥが無言で顔を上げた。彼はあぐらをかいた膝の上で麻の繊維を編んでいたらしい。縄を編む作業は手先が器用なリーデンやイマリナが担当することが多いのに、たまにはゲズゥもやるのかと、ミスリアは意外に思った。
 ところで廊下での話は聞かれたりしただろうか、と余計な心配が脳裏を過ぎる。わざわざ訊ねるのも何か恥ずかしい。

「悪いけど。あたしが男の髪を切るのは十五歳までね」
 ティナがそう宣言した途端、部屋の隅のクローゼットが開いた。ミスリアは吃驚して小さく跳び上がった。
(かくれんぼでもしてるのかな……)
 そう考えると合点がいく。先程から子供たちの姿が少ないのである。この静けさから判断すると、きっと鬼はこの部屋をまだ探していない。

 デイゼルというくせ毛の少年はクローゼットの中から飛び出し、「えー!」と口を尖らせた。

「じゃああと二年もすれば、ティナ姉もう切ってくれないの」
「そういうことよ」
「何でだよ!」
「あたしが男嫌いなのは知ってるでしょ。自分から触るなんてもってのほか」
「おれはクズ男にはならないよ!」
 などと、最年長の少年は何やらとんでもないことを叫びながらティナに詰め寄った。

「わかってるわよ。アンタはあたしが真っ当に育てるもの。それでも、嫌なものは嫌なの」
 両腕を組み、譲らない態度で十三歳の少年を真っ直ぐに見下ろすティナ。
 そこへ――黙って見守っていればいいのに――当然のようにリーデンが横槍を入れた。

「へえ。例えばどういうトコが嫌いなの?」
「そうね、吐く息の臭さからして大っ嫌いよ」
 間髪入れずに彼女は言い捨てた。

(ええっ、それはいくらなんでも失礼じゃ……!)
 咄嗟に喧嘩に発展しても文句の言えない、攻撃的な言葉だ。当の男性が聞いていれば食いつかずにはいられないはず――そう思って部屋を見回した。
(あれ)
 幸いなことだろうか、その場に居る二人の男性はそんな言い草をされてもまるで気にしない種の人間だった。リーデンは笑いを堪えているように口元を覆っているし、ゲズゥに至っては、いつの間にか幼児二人に登りの挑戦対象にされ、作業ができずに静止している。

「ぶわはははは! あー、そっかそっかー、臭いねぇ」
「私はあまり気にしたことはありませんでしたけど……」
 ミスリアは一緒に旅している二人のことを思い返して呟いた。リーデンなどは食後の香草をマメに摂取してるようで、口臭がしないどころかむしろ良い匂いだ。ゲズゥの方はいつも何か不思議な枝やら草を噛んでいるためか、草木や森みたいな臭いがしてそれも嫌に感じたりはしない。

「つってもさー、ティナちゃんの言う『吐く息』って多分そのままの意味じゃないよね」
「…………そうね。もっと、抽象的な問題かもね」
 ティナは窓の外を見つめ、暗い声で応じる。何かを思う数秒の沈黙があった。
 そして我に返ったように動き出した。慣れた手つきでゲズゥの肩や首からぶら下がる幼児を抱き上げて回収している。それぞれの腕に一人ずつ。つくづく力持ちだと思う。

「男という生き物はね、卑しくて汚らわしくて、女を自分の好き勝手にできる道具としか思ってないのよ。その利用の形に多様性はあれど、蔑みはいつだって同じだわ」
 偏見の激しい言い分ではある。けれどそれ以上に、吐き出される言葉は強烈な感情を含んでいた。きっと彼女自身か彼女の身近な人間にまつわるエピソードと結び付きが深い――そう直感した。

「別に、世界中で息する男が全員そうだって思っちゃいないわ。でも少なくともこの都では、男尊女卑の姿勢は根強い。特に、身分の低い層はね」

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