40.a.
2015 / 02 / 07 ( Sat )
 三週間に一度の買出しに都へ行ってきた帰り、彼女は森の中に異物をみつけた。
 冬立木と溶けかけの雪に縁取られた景色の中心に、翳りが浮かんでいる。
 見知らぬ男の後姿だ。たとえ知り合いだったとしても、男は一目に警戒を誘うような外見をしていた。

 稀に見る高身長で、遠目には細長い体格に見えなくも無いが、痩せているのとも違う。力強い佇まいからは隙が一切感じられなかった。背負っている大剣が更に男の危険さを主張している。
 見た目が異質であると同時にその場に染み込むような静かな存在感があった。感心しつつも、何故だかぞっとした。

(こんな所で……凍った沼地の前で何をしてるってのよ)
 怪しい、怪しすぎる。
 普段であれば彼女はこの沼の脇を通って帰路に着くのが常だった。別の道もあるが、ここの風景が好きなので通るようにしている。

 予期せぬ不審人物を見つけた今、関わるのを避けて、気付かれないように去ることだってできた。
 それをしないのは、縄張り意識に火がついたからだ。自分の住処にこれほど近い位置に知らない人が現れたのは見過ごせない。

 聖地と言えど冬の参拝者は滅多に来ないし、来たとしても皆わかりやすい外観をしている。強いて言うなればこの人となりは魔物狩り師なのかもしれない、が。
 それでも警戒をして損は無い。これだけ落ち着いた存在感であれば、突然襲ってきたとしたら、子供たちはすぐには反応できないだろう。

 彼女はそっと荷物を雪の中に下ろし、音を立てずに移動した。距離を保ったまま、横から観察しようという企みである。何せ上着のフードに隠れて相手の顔や髪がよく見えない。
 獲物を付け狙うハンターが如く慎重さで一歩ずつ踏み出した。

(濃い肌色は南東の人かしら)
 木々の間をゆっくり進んで観察した。フードの下から見える髪も漆黒だ。
(……何よあれ?)
 視線を下へと滑らせると、つい歩みを止めて二度見をしてしまう物を見つけた。

 男は左手に花輪を持っていた。
 今度はそれの色鮮やかさが異質に見えた。全身真っ黒の男の手にそっと握られる七色の花輪が、白と茶を基調にした冬景色の中で浮いている。

(真冬に花なんて、てんでおかしいわね)
 彼女は睨むように目を細める。
 花輪に気を取られていた所為で、次に起きた出来事に不意打ちをくらった。

 ――パキッ。
 薄い版が割れる音。つまりは氷が割れる音だとすぐにわかった。パキパキパキリ、とそれは小気味よく続き、やがて大きな水音がした。

 その時初めて、男の他にもう一人誰かが居たことを知る。
 後ろからだとちょうど死角になっていて見えなかったのだ。小柄な人物は氷の割れ目からずぶりと沼の中へと落ちた。水飛沫が四方に跳ねる。

「ちょっと! 大丈夫!?」
 急変した事態に伴い、彼女は余計な雑念を忘れて走り出した。
(女の子が溺れてる!)
 その位置なら浅いはずだが、今は冬だ。早く助け出さなければどうなるか知れない。

 黒尽くめの男は慌てふためく様子が一切なく、右手で大地に短剣を突き刺し、左手で少女を引き上げた。腕が長いからこそ楽々とできたことだろう。自分が落ちない為の短剣の使い方といい、まるで全ての展開を予想していたかのような対応だった。
 ひとまず彼女は安堵の短いため息をつき、次には怒鳴った。

「何で落ちるまで放置したのよ、無責任ね!」
 子供を氷の上で遊ばせたお前の監督不届きだ――そう責め立てたい気持ちと、きっと怖い思いをしてしまった少女への心配を抱きながら、彼女はずかずか二人に歩み寄った。

 近付くにつれて、革と鉄の臭いが鼻を突いた。もっと近付けば汗の臭いがするかもしれない。
 嫌悪感がこみ上げる。やはり「男」は嫌いだ。奴にあともう一言物申してから、女の子に助けの手を差し伸べよう、そう思った時。

 ひゅっ、と風を切る音――
 背筋がぞわっとしたのと後ろに飛び退いたのは同じ一秒の内に行われた。鉄の煌きが視界を右から左にと走るのを、遅れて視認する。

 男が振り向きざまに短剣を薙いだのだ。危うく斬りつけられるところだった。
 こちらを見据える右目は底なし穴のように黒かった。

 ――なんて研ぎ澄まされた敵意――。
 不覚にも、彼女の足は竦んだ。

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