39.b.
2015 / 01 / 15 ( Thu ) その「食い違い」が何を指しているのかは、しばらくしてわかった。 深い闇を包み込む静かすぎる夜。安寧とした時間が保たれる最たる原因は、都全体を覆う結界にほかならない。帝都の内にて行われる死者を弔う儀式……真に慰めを必要としている者らはルフナマーリの結界の外に居るというのに、一般都民は魔物が亡者の魂によって構築されている事実を知らないから、自分たちの行いの滑稽さに気付けない。 だからこそ一層深く、ミスリアは魂の安らぎを願って黙祷した。 (私はどうなのかしら。追慕の念に、今も捉われてる?) 己の内へと問いを向けて、ミスリアの心中は複雑になった。大陸や教団の魔物対策に対する憂いだけではない。 ――或いは、生者の方が死者と共に在りたいのかもしれないね。人間は死というありふれた現象に恐怖や嫌悪を感じ、時には畏怖や憧憬すら感じる。歩み寄ろうとするのは自然な流れだと思う。 イマリナ=タユスで魔物の腕(かいな)に飛び込んでいった少年について話していた時、カイルはそのように呟いたのだった。 カイルはミスリアたちと別れた後、魔物の認識について調査していた。驚くべきことに、教団が思っている以上に人々は魔物の正体に気付いているという。皆独自に答えを追い求め、なんとかして突き止めていたのだ。 去った者への想いを生活に深く結びつけるのは執着だろうか、非生産的だろうか。 おそらくそれぞれに事情が異なる問題で、結び付きが生者の未来にとってプラスかマイナスかに働くのかも大きな決め手であるのだろう。 魔に魅入られて消滅する人間は、或いは最期まで幸せなのかもしれない。 なのにどうしても自分は、その選択を「正しい」と感じられない。きっとこれから先もずっとそうだろう。 ぎゅっと両手を強く握り合わせると、ちょうど広場からは喚声が上がっていた。 (それでも私に、従兄との約束や一族の復讐の為に非道に進んだゲズゥを糾弾する権利なんてない) 窓がオレンジ色に染まる。広場では再度輪になった人々が中心に向けて蝋燭を放っている。一つ一つが弱々しい火も、重なり合わさればいずれ轟く炎と化す。 「ミスリア」 ふいに物思いに割り込む声があった。 「はい。何でしょう」 「お前の姉は、つまり生きてるのか、それとも死んだのか」 一瞬、目の前が真っ暗になった。 すぐに次の一瞬にはまた両目に赤が入り込んだ。窓の向こうで燃え盛る儀式の火によって意識が引き戻される。 「どう、して……突然、そんなことを、訊くんですか」 手首より先が小刻みに震え出している。堪えようとして両手を擦りあわせた。 「知って、どうするんですか」 「別にどうもしない」 ミスリアは素早く振り返った。常に無表情の青年は、黒曜石の右目に何の意図も映さない。それに対してミスリアは無意識に表情を歪ませ、戸惑いを訴えかけた。 ゲズゥは二度瞬いてから唇を動かした。 「知りたいだけだ」 「だからどうして――」 「……世界の為でないなら、お前が何の為に命をかけるのか」 |
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