37.f.
2014 / 10 / 30 ( Thu )
 下で待っていた尼僧に案内され、一同は書斎に入った。
 多くても定員は十人と言ったところの、こじんまりとした書斎だ。部屋の中心には四角いコーヒーテーブル、それに一脚のソファが添えられている。四方の壁にはびっしりと本が詰められた、天井に届く高さの本棚が並んだ。

 入り口は暖炉から見て右端に位置している。その暖炉の前には椅子がまばらに置かれ、読書や談笑に向く空間となっていた。
 暖炉の前に人影があった。リーデンの従者の女がしゃがんで火加減を確かめていた。普段三つ編みにまとめている紅褐色の髪を珍しく下ろしている。
 部屋に人が増えた気配に感付き、女はパッと振り返って嬉しそうに駆け寄る。

「ただいまー。君は相変わらずよく働くね、感心感心」
 よしよしと従者の頭を撫でるリーデン。
「ええ、とても助かりましたわ。お客様なのに、料理の手伝いから掃除まで。あまりにも手際が良いので甘えてしまいました」
 尼僧も嬉々として褒める。

「あ、マリちゃんてば唇が乾燥してるよ。クリーム持ってる? 僕が塗ってあげよう」
 頷き、女はスカートのポケットから掌に載る大きさの陶製の容器を取り出した。リーデンは容器を受け取って蓋を開いた。人差し指で中をまさぐり、掬い取ったクリームを、従者の女の僅かに開かれた唇にゆっくりと塗ってあげている。

 そのやり取りを眺めるミスリアが気恥ずかしそうに「仲良いんですね」と呟くのが聴こえたが、リーデンの本質を知るゲズゥとしては、そんな甘ったるい関係には見えなかった。アレはきっと「依存」と結び付く、薄暗い利己的な感情に基づいている。
 尼僧の方は笑みという仮面を被っていて心の内を明かさない。

「シスター、よろしいでしょうか。訊ねたいことがあります」
 ミスリアが尼僧に声をかける。
「どうぞ」
 自身も暖炉に近い席を選びつつ、尼僧は皆に椅子に腰を掛けるように促した。黒装束の裾がラグを擦る。

 ゲズゥは座らずにミスリアの席のすぐ背後に立った。リーデンの従者の女も座らずに、また何かの家事に取り組む為に立ち去る。
 間もなくしてミスリアは話し始めた――帝都に向かうこと、近くの聖地について知りたいことを。

「ええそうですわ、聖女ミスリア。東の城壁の塔、そして都のすぐ外にある沼地が、帝都周辺の二つの聖地で間違いありません」
「へえ? 沼地は聖獣が水を飲んだとかそういうのだとして、塔にはどんな逸話があるの?」
 ミスリアの隣で頬杖ついたリーデンが、興味津々に訊く。

「かつて、大勢の魔物が塔を襲いました……結界は破れる、都が占領されると誰もが危惧し、絶体絶命を悟ったその時! 深夜の地平線から眩い光が踊り出て、魔物たちは次々と浄化されたというのです。裸眼では捉えられないほどに光溢れる聖獣の姿をしかと見たと、当時の衛兵が記述を残しています」

 熱く語る尼僧を尻目に、光溢れる空飛ぶサンショウウオの姿だったのだろうか、などとゲズゥは考えた。

「思い出しました、そんなお話でしたね。行ってみるのが楽しみです」
「ええ、ええ。頑張って下さいまし」

 聖女と尼僧の談笑は更に続いた。その間、暖炉の薪が弾く様を眺めることにした。
 このまま何事もなく次の巡礼地に辿り着けたならいいが、果たしてそうすんなりは行くまい。ゲズゥは対犯罪組織の件を脳裏に浮かべた。

_______

 翌朝、尼僧の手回しでロバを一頭もらい、一行は出発した。
 クシェイヌの古城は聖地で観光地である以外には、周りに注意を引く物は何もない。ずっと以前は近くに村や農地があったらしいが、城が機能しなくなってからは放置され、荒廃したという。

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