37.e.
2014 / 10 / 28 ( Tue )
 ゲズゥらのすぐ前まで歩み寄ると、ミスリアは睫毛を伏せた。落ち着かなそうに、手袋を嵌めた両手を擦りあわせている。
 言葉にし難い感情を持て余しているようだったが、それが何なのかまではわからない。

「次に向かうべき場所が……はっきりとはわからなかったんです。映像が多くて、前回のような、これだ! って確信が持てるものがなくて」
「大体の方向は」
 と、ゲズゥが問いかけた。

「多分、帝都に近い気がします……」
「帝都かあ、これまた広い場所を選ぶね」
 リーデンが指で頭をかきつつ感想を述べる。 

「わ、私が選んでいるわけではありません。その、城内の方にも問い合わせてみます。聖地に詳しいはずですから」
「気にするな。とりあえず行けばいい」
「ありがとうございます」

 そこで「そろそろ中入ろうか」とリーデンが提案し、一同は螺旋階段を下り始めた。
 二十段も下りた辺りでミスリアが口を開いた。

「私が覚えている限りでは、ディーナジャーヤの帝都周辺に聖地は二箇所あったはずです」
「じゃあ順に調べて行けばいいのかな?」
 蝋燭台を持って先頭を歩くリーデンが、止まってミスリアを振り返った。
「はい。でも、私自身が訪れないといけないので、手分けして調べたりはできません」

「んん、そういえば聞いてなかったけど、君は聖地で実際は何を調べてるの」
 リーデンがまた歩き出した。石の壁に囲まれた狭い階段の間であるため、たとえ顔を背けて喋っていても反響でよく聴こえる。

「それが……」
 自信無さげな声が返る。続くであろう言葉に興味があるので、最後尾のゲズゥは階段を下りる足を速め、ミスリアとの距離をなるべく縮めて耳を澄ませた。

「……実は私にもよくわからなくて」
 ミスリアが歩を止めて呟いた。
 つられて前後の二人も立ち止まる。

「え? そんなんで良いの? 無駄足踏んじゃうんじゃない」
「心当たりぐらいはあるんだろう」
 リーデンとゲズゥがそれぞれ言う。
 壁についていた小さな右手が、ぴくっと震えた。

「呼ばれる、んです」
 静かでありながらも激しさを含んだ囁きだった。
「いいえ。呼ばれるよりも、ひかれる、と言えばいいのでしょうか。声でもなく、言葉での呼びかけでもなく――うまく説明できないんですけど」
 ミスリアは俯いて両手を握り合わせた。

「映像が、視る者を誘導する為に視えるものだとするのなら、聖地に残る過去の情報に触れているだけかもしれない……でもそうじゃなくて、『何か』が私個人に直接的に手がかりを『見せて』いるのだと思います」
 それらの事実が何を意味するのかをゲズゥはしばし考え、思い至ったままに口を挟んだ。

「聖獣か」
 己の放った声が壁に反響するのを聴いた。
 返事が返るまでに間があった。

「安息の地に眠る聖獣が巡礼者と意識を……魂と縁を繋げて呼び寄せようとしている。有力な一説ですね」
 どこか強張った声でミスリアは応じた。
 それはつまり、聖獣は覚醒していない状態にあっても、遠い地に居る他者の意識に入り込む術を持っている、ということになるのだろうか。

「ふーん。なんかわかんないけど大変そうだね」
「そうですね。聖獣を蘇らせるというのはきっと、ただならない偉業なのでしょう」

 ――何故そこまで他人事のように言うのか。
 気になったものの――結局静寂を保ったまま、三人は階段を下りきった。



ミスリアの登場人物たちはよく階段を上下しながら会話してますけど、現実では話しにくい(+歩きにくい)のであまりしないほうがいいですね(笑)

エレベーターばんざい!

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