37.b.
2014 / 10 / 17 ( Fri ) ユシュハは更に何か言おうと唇を動かした。風になびく真っ直ぐなショートボブの髪が唇の端に引っかかる。 その髪の一房が、シュッと通り過ぎた鉄の輪に切られ、風に散った。続けざまに押し寄せるチャクラムの弾幕をモーニングスターが弾く。弾き切れなかった二個の内一個は彼女の右脇腹を切り、残る一個は肩口に食い込んで停止した。 しかし刺さった凶器を引き抜く暇も傷口を確かめる暇さえもリーデンは与えない――彼は舞うようにして間合いを詰め、右手から仕込みナイフを出した。 「面白い妄想話をどうもありがとう。お礼に君の綺麗な頬肉を細かく抉ってあげるよ」 「妄想ではない。実際の出来事だ」 笑顔で毒を吐く美青年に対し、心外そうにユシュハは首を傾げた。 黒い球のついた鎖が回転する。棒はうなりを上げ、複雑な軌道を描く。 「だとしたら当事者は覚えてそうなもんだけど?」 二つの鉄球を素早く避けるリーデン。 段々とペースの上がる二人の応酬に、ミスリアの目はついて行けなくなった。 今度はより手前のゲズゥとフォルトへの方に視線を移してみた。 湾曲した大剣と三日月刀が、衝突を繰り返している。 (気のせいかな) フォルトへの方が流れを制しているように見える。まるでゲズゥの次の行動、足が踏み込む次なる位置を、先んじて知っているのかと疑ってしまう。二人の距離に隙間が開く度に、電光石火が如く、有利な位置へと移動している。 「先輩は投獄された貴方に何度も会ったって言いましたよ。以前の仕事のパートナーを殺された恨みがあるそうで。ま、状況的には貴方にとっては自己防衛なんでしょうけど~。覚えてませんか?」 「…………記憶に無い。拷問も、そのパートナーとやらも」 ちょうど三日月刀を受け止めたゲズゥが否定した。そのままフォルトへの手首にとっては辛い角度に三日月刀を曲げさせ、身動き取れなくしている。 擦れ合う刃が軋みをあげる。 「ええ~? それじゃあイジメ甲斐ないです。なんかここまで手応えがないとなるとやる気失くしますねぇ」 フォルトへはガクッと肩を落とした。次いで体勢を低く落とし、回転してゲズゥの呪縛を逃れた。 「ターゲットが忘れっぽいのも考えものですね~。もう今日は帰りましょうよぉ、先輩。目立ち過ぎましたし、これ以上騒ぎになったら……」 ゲズゥの大剣の広い間合いから退いてから、彼は後ろの上司に呼びかけた。 「ダメだ!」厳しい声が返る。「諦めが早すぎる。何でお前はそうだらしないんだ、切り結んだ相手の動きを止めるまでは腕を休めるな!」 「え~。任務じゃないんだからそこまでする必要ないでしょう」 その反論を聞いた途端、ミスリアはハッとなって会話に参加した。 「どういう意味ですか? フォルトへさん」 「えーと、先刻言った通りです。休暇使ってますんで、この件は上に話通してませんよ~。むしろ、教団と摩擦が生じるからくれぐれも追うなって命令を受けました」 「へえ? 私怨を使命と取り違えてる系かな」 見上げれば、リーデンが屋根の上で側転していた。攻撃を避ける動作さえも優雅だ。 「取り違えていない。総ての犯罪者を裁くことが我々の存在意義だ。教団に邪魔はさせない」 獲物を逃した双頭のモーニングスターが瓦を叩いて割った。 「ましてや死刑廃止を説く、当代の腑抜けた教皇なんぞ聞くに堪えん」 「――腑抜け!? 猊下を侮辱しないで下さい!」 ミスリアは瞬時に憤怒の波が全身を駆け巡るのを感じた。 (あの人の強さを、聡明さを、懐の深さを! 何も知らないくせに!) なんて人だ。許せない、許さない。もっと怒鳴ってやらねば―― だがそんな気持ちは男性の絶叫によってあっさり霧散させられた。 「ちょっと待ってえええ! 先輩、さっきの音ってまさか!? まさかじゃないですけど何か壊してませんよねぇ!?」 「チッ。屋根の瓦が何枚か砕けただけだ」 「な、何してくれてんですかああああ! 聖地ですよ、重要文化財ですよ!? 請求書の山が誰の机に回ると思ってんですか!」 「お前の机だが」 「ああもうこの人は! だから別の場所で待ち伏せしようって言ったのに!」 |
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