36.f. + あとがき
2014 / 09 / 24 ( Wed )
 思い出せない。しかし意味するところは何であれ、己にとって不吉であろうことをゲズゥは潜在的に感じ取っていた。刺青のデザインの威圧感にただ当てられているだけかもしれないが。

「いやぁ、ホントありがとうございます。出会ったばかりの人に迷惑かけたくないもんですけど~、貴重な休暇中にこんなとこまで来たんで、立ち入り禁止でも諦めがつかなくて~」
「休暇……ですか?」
「はい! 去年辺りに転職したんですよぉ。縁あって助けた人に『お前素質ありそうだな』って勧誘されまして~」

 先頭を歩くミスリアたちが連絡通路を渡り切るまで残り十歩ほどだった。そんな時、ゲズゥは別棟の屋根に人影が上るのを見た。顔はフードに隠れており、全体の輪郭からして女のように思えた。距離はまだ四十ヤード以上離れている。

 飛び道具によっては十分に攻撃を仕掛けられる距離だ。ゲズゥは大剣などの装備が音を立てるのも気にせずに歩を速め、先を行く二人との幅を一気に縮めた。
 一方、ミスリアは隣の男との会話に気を取られていて状況の変動に気付いていない。

「素質、ですか」
「素質です。でも何のことか未だにわからないんですよね~。実は適当に言ってたんじゃないかって思いますよ。あ、でも仕事は結構肌に合ってます」
「何のお仕事ですか?」

「どう説明するのが良いでしょうか……勧誘してくれた上司を見てくれた方が早いかもです~」
 はにかみながらフォルトへが別棟の屋根を指差した。全員の視線が指された先に流れる。
 フードの女の手が動く――

 反射的にゲズゥは跳んでいた。空中で一回転し、ミスリアを庇うようにして彼女の前に降り立った。
 女がクロスボゥから発した矢が、ビュッと風を鳴らしてゲズゥの革靴をかする。最初から誰かに当てる気は無かったのだろう、照準は低い位置に定まっていた。

「君の上司はバイオレンスがお好きなのかな? その刺青どっかで見たことあると思ったら、もしかしてアレじゃないの、某対犯罪組織」
 普段と変わらない調子でリーデンが楽しそうに訊く。ゲズゥは振り向かずに話だけに耳を傾けた。

「知ってるんですか、うれしいなぁ」
「うん、だからサッサとその子の手を放してくんない? どうせ君らは罪人以外は傷つけられないでしょ」

「そうなんですよ~。間違ってかすり傷一つでもつけたら、もう始末書地獄でして。ここで彼女を人質にしてあなた方を従わせても良いんですけど、人目につきますし、なーんかそれも始末書コースになりそうですね~」

 一瞬、リーデンが左眼をリンクして映像を共有した。ミスリアがフォルトへから離れて連絡通路を後方に下がるのが視え、安堵する。
 次の一瞬には、屋根の上の女が駆け出していた。ゲズゥは大剣を構えた。

 走る勢いで女のフードがめくれて白い顔が露になった。
 まただ。また見覚えがある。この女、何処で会った――?

「国際的対犯罪組織『ジュリノイ』に所属してます、自分はフォルトへ・ブリュガンド……あちらの物騒な感じのお姉さんは先輩で上司のユシュハ・ダーシェンさんです~」
 奴が口上を連ねている間に、ゲズゥは通信を送った。

 ――リーデン、お前は女の方!
 ――わかった!

 この判断は勘からだった。自分が飛び道具を相手にするのが面倒なのもある。弟は特に異論を唱えず、手すりに飛び乗って前に進み出た。
 ゲズゥは前後反転してフォルトへに剣の切っ先を向けた。

「ずびばぜん」
 いつの間にかまた鼻水を垂らしてたのか、奴はのんびりと袖で鼻を拭いていた。
「自分は、正直あなた方に恨みは無いんですよ。でも上司命令ですから、休暇使ってでも『天下の大罪人』追うって頑ななもんで、仕方なく付き合ってるんです~」

 シャリリリ、と高らかな音がした。鉄と銅――剣と鞘が擦れる音だ。フォルトへは腰から三日月刀を抜き放っていた。目測二十インチの片刃の剣、それを胸の前で両手で垂直に構えた。そうしていると手の甲の刺青が正面に立つ者を睨んでいるようである。

「総ての悪事と嘘を見通し、正義を執行する神――ジュリノク=ゾーラ様の御名の下に、ゲズゥ・スディル及びその同行者をまとめて拘束・連行します。なお、既に抵抗の意思が見られるので、直ちに武力行使に移ります~」
 垂れ目気味のどこか締まらない顔で奴は告げ終えた。

 一秒後には互いの剣が衝突し、ゲズゥの顔前で火花の熱が飛び散った。



今回短かったんであとがきはこの下に入れます。続きは読み終わった人向けー
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鼻水たらたらなのに香りとかわかるのか、って突っ込みは現在受け付けておりませんw

フォルトへ&ユシュハ登場。予定していたのと多少設定が変わってますが、この二人も古参キャラです。超大昔から登場させるつもりでした。やっと出たよ……どんだけ……。エンリオの目がいいのに続いて今度は目が悪いキャラ。気付いてやったのではないですが、面白いですね。

フォル:普段はへたれ風(?)。視力が悪いのとどこか抜けているのとでよく転んだり柱にぶつかったりする。

ユシュ:フォルトへを組織に勧誘したくせに面倒見が半端。手を繋ぐはおろか、こっちだよと声で誘導するのも怠ったり、ぶつかるよと警告もしてあげない。ガチでいきなりいなくなったりする<迷惑


組織の名前は数日前(ていうか多分昨日)に決まりました。滑り込み!

さあさあ、この人たちは何がしたいのか? どこからどこまでが嘘だったのか――?



37でお会いしましょう!

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