34.g.
2014 / 07 / 17 ( Thu )
「ゲズゥ!」
 修道女たちを押しのけるようにして駆け寄った。勢い余って、彼のお腹辺りに手を付く。
 服に付着した、乾いた血の感触にゾッとした。

「ど……どうなったんですか!? その血は! リーデンさんはご無事ですか!?」
 矢継ぎ早に質問をぶつけた。
 星明かりにほんのり照らされた顔を探るように見上げる。青年の無表情ぶりからは、吉報か凶報かを読み取ることはできない。

 黒と白の瞳のコントラストにミスリアは一瞬目を奪われ、その間に肩に手が触れたことに気が付き――

 ――抱き寄せられた。足が地から浮き上がるのを感じる。
 血の臭いすら意識しなくなるような、ただならぬ抱擁だ。息が浅くなる。

 耳元で低い声が短い一言を呟いた。
 驚愕に駆られ、表情を確認せんと反射的に試みるも、頭の後ろも強い力で押さえつけられていてびくともしない。

「お前のおかげで、俺は大切なモノを失わずに済んだ」

 続く言葉にハッとなる。
 ミスリアは顔を埋(うず)めたまま一度目を見開き、すうっと瞼をゆっくり下ろした。唇の間からため息が漏れる。

(それじゃあ、なんとかなったんだ)
 包み込む温もりに、張り詰めていた神経が緩まった。目頭が熱くなる。

「…………よかった」
 腕を伸ばして精一杯の力で抱き締め返した。
(よかった……)
 ゲズゥがこうして帰って来てくれただけでも嬉しいのに、二人とも無事で、本当に良かった。

 心地良い安心感に身を委ねたこと数十秒。
 極限までに疲弊していた精神が途切れ、ミスリアは深い眠りについた。

_______

 ミスリア・ノイラートはなんとなく見覚えのある天井の下で目が覚めた。少し硬めだが温かいベッドの上に視線を走らせつつ、起き上がろうとする。天井のシャンデリアは全ての蝋燭に火が灯っており、部屋がとても明るい。
 まるで長い間筋肉を使っていなかったみたいに身体の動きは緩慢だった。

「大丈夫? だるそうだね」
 声がした方を向くと、大きな花束を抱えた絶世の美青年がベッドの脇に立っていた。輝かしいサラサラの銀髪、凛々しくも繊細な顔立ち。宝石を思わせる緑色の瞳に、上品そうな生地の民族衣装。寝起きにこんな浮世離れた人物が目に入ったことに、ミスリアはあんぐりとした。

 傾国の美青年という言葉が新たに脳裏を過ぎる。

「確かに気怠く感じますけど……あの、この季節に何処でそんなに鮮やかに瑞々しい花束を手に入れたんですか? リーデンさん」
「温室持ってる知り合いからちょっとね」
 リーデンはそこでパチッとウィンクしてみせた。花束の香りをそっと嗅いでから、それをミスリアに差し出す。

「可愛らしい命の恩人さんにお見舞いだよ」
「あ、ありがとうございます」
 困惑気味に受け取る。恥ずかしい話、異性に花束をもらったことなんて十四年生きてて初めてである。頬が紅潮するのを止められない。

「礼を言うべきは僕の方だよ。君が命を懸けてくれたことはわかっているつもり」リーデンは姿勢を正して腰を折り曲げた。「ありがとう、聖女さん」
「やめて下さい、そんなに改まられても困ります! 頭を上げて下さい」
 手をぶんぶんと振って懇願したら、リーデンは笑いながら元の体勢に戻った。

「あはは。あのね、休ませるなら大聖堂の中の方が良いって修道女連中がしつこかったけど、それじゃあ僕らはずっとついてられないからね。あそこから無理矢理連れ出しちゃったよ……――兄さんが」
 リーデンの目線が向かった先を、ミスリアも一緒になって追った。ベッドの隣の床に横になって眠る人物を認めて、ミスリアは本日二度目に愕然とした。

「な、何でそんな所で寝てるんですか!」
「んー、兄さんの身長じゃあソファは窮屈だからでしょ」
「はあ……」
 ――寝心地が悪そうなのに。でも傍に居てくれたことには、こっそり喜んでおいた。

「ところで聖女さん。お願いがあるんだけど」
「何でしょうか」
 急ににっこりとしたリーデンに気圧されながらも問い返す。

「君に受けた恩があまりに大きすぎて、どうやったら返せるのか自分なりに考えててさ」
「そんな、お構いなく」
「そーゆーワケには行かないでしょ。で、とりあえずはね」
 そこで彼の例のとろける笑顔が出て、ミスリアは条件反射でぼーっと見とれた。

「僕も旅について行ってもいい?」
「え?」
 突拍子もない質問に瞬きを返した。

「そこの図体のデカい人なら、もう話は付けてあるよ」
「……図体がデカいのはお前もだろう」
 もそり、ゲズゥが床から起き上がっている。全くそれらしい気配はしなかったのでミスリアはびくっと震えた。
「おはようございますっ」

「ああ。やっと起きたな」
「?」
 一体どれくらい寝てたのかと訊こうか迷っている内に、リーデンが言い返した。
「ちょっと平均より上ってだけで、僕はまだ普通の範囲内だよ。まあそれは置いといて。良いでしょ? 僕が護衛その二でついてきても」

「戦力として申し分ない。しかも飛び道具使いだ」
 ゲズゥはどこへともなく視線を彷徨わせて答える。
「情報網とか伝手とかも役に立てると思うよ。例えばさ、クシェイヌ城に行くんだって? 此処からだと水路が一番早いってこと知ってた?」
「いいえ、知りませんでした」

「船の手配ももうしてある。北行きの商船をいくつか押さえてあるから、こっちの支度が整い次第、日時の合う船に乗れるよ」
 リーデンは得意げに笑った。その手際の良さに感心せざるを得ない。
「ね、役に立つでしょ? マリちゃんも良ければ連れてくよ」
 一度頷き、少し考えを巡らせる為に、ミスリアは口を噤んだ。

(前から人員を増やしたいと思ってたし……ゲズゥとはいつの間にか打ち解けてるみたいだし……)
 断る理由があるだろうか、と考え込んでみた。
 目の前の彼はまるで憑き物が落ちたようで、以前みたいな狂気を感じさせない。まだ疑問は残るけれど、損よりも得が多そうだとミスリアは判断した。

「貴方の言葉に誠意を感じました。申し出を受けましょう。こちらとしても一緒に来ていただけると助かります。これからよろしくお願いしますね、リーデンさん」
「うん。よろしくね」

 初めて出会った時と同じく、リーデンは象牙色の手を差し伸べた。
 生温いその手をしっかりと握り、聖女ミスリア・ノイラートは今しがた加わった旅の供に微笑みかけた。

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08:28:53 | 小説 | コメント(0) | page top↑
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