07.c.
2012 / 01 / 31 ( Tue )
 いわばあれは、魂同士をつなぐ役割を持った歌だった。これまで断片的に読み込めた「想い」が、映像という形でよりはっきりと伝わるようになり、また、こっちの言葉ももっとスムーズに相手に通じるようになる。

「もう苦しまなくて大丈夫です。私たちにできることなら、力になります」
 そうは言ってみたものの、彼の「彼女」はおそらく他の魔物に喰われて探しようがないだろう、とミスリアは考えた。

 一体の魔物は複数の魂の残留思念が絡まりあうことによって構成されている。ひとつの魂が他よりも未練が強いなら、それが主軸となって全体の思考や行動を支配する。
 骨ごと魔物に喰われた人間の魂は、そのまま絡めとられて魔物の一部となる場合が多い。そうなったら、なかなか探し出せるものではない。誰かに浄化されて昇天していた場合も、探し出す術がない。

 つまり目の前の獺の主軸の魂を、恋人と再会させられないまま納得させ、浄化に持ち込まなければならない。

「私はミスリア・ノイラートと申します。よかったらお名前を教えてください」
 できるだけ優しく微笑みかける。
 すっかり大人しくなった魔物は声を出そうと口を開いた。
「わ、たし……の、な……は……」

 次の瞬間、魔物がのけぞった。胸から剣の先がにょっきり生えている。何が起きているのか飲み込めず、ミスリアは目をしばたかせた。

 ビチャッ。
 気がつけば、視界が赤と黒と紫に彩られていた。変な音と変な臭いと一緒に、生暖かいものがミスリアに降りかかる。
 さまざまな映像が流れるようにして次々と脳内を過ぎり、息をすることさえ忘れた。

「何を呆けている」
 ゲズゥの声でようやく目が覚めた。顔や手についたソレが何であるのか、何が起こったのか、理解する。

 喉から出(い)でた甲高い悲鳴を、まるで他人事のようにミスリアは聴いていた。素早く横を向いて地面に片膝つき、道を外れた芝生へ胃の中身を吐き出した。
 痙攣がおさまってから振り返った。口元を袖で拭う。

 ゲズゥは、解せない現象を見るような表情をしている。
 それもそのはず、今までにだって何度もグロテスクな場面に出くわし、その都度ミスリアは慣れからこれといった反応を示したことはなかった。だが今までは程よく距離を取り、今回ほどダイレクトに臓腑をかぶらなかった。問題はそれだけでは無い。

 魔物が唸り、憤然として立ち上がろうとした。
 ミスリアが何か言うより早く、ゲズゥが動いた。長剣で、獺の脚を六本とも胴体から切り離した。あまりに鮮やかで感想ひとつ出ない。

「…………」
 声が出せない。口をぱくぱくさせながら、何とかミスリアは立ち上がった。
 明らかな苛立ちを表して、ゲズゥが剣を持ち直した。はやくやれ、とでも言いたげに親指で背後の魔物を指す。

「……ど、うして……」
 あまりに小声で、ゲズゥには届かない。
 なお上体を起こして噛み付こうとする魔物の頭を、切り落とさんと剣を構えている。

「――やめてください! 話の途中でしたのに、なんてひどいことをするんですかっ」
 声を振り絞って叫んだ。
「はぁ!?」
 そういう声も出るんだ、と一瞬だけ思ったのは置いておくとして。

「あと少しで、分かり合えるかもしれないんです」
 ミスリアは抗議した。
「馬鹿言え。どうせ無に帰すくせに、分かり合ってどうする。相手は死人だろう」
「でも、同じ浄化するにしても、相手が納得してくれた方がいいです。可能なら全員と対話する方が」

「訳のわからんことを」
 ゲズゥは剣を振り上げた。
 止めたいのに、体が強張って動けない。

「そうやって出会った魔物にいちいち親身になって同情するのか? 所詮他人なんてのは、意味の無い存在だ」
「そんなことありません!」
「聖女なだけに、分け隔てなく慈悲深くて、結構なことだな」
 皮肉って話す彼の横顔には、くらい笑みが浮かんでいた。それは敢えて形容するなら、嘲笑だった。

「お前がいくら粉骨砕身、人類のために一生を捧げたところで、人類はお前のために何一つしない」

 そう言い捨てて、ゲズゥは剣を振り落とした。
 魔物の頭部が胴体から離れた瞬間、ミスリアはそれを形成する魂たちの記憶の断片を、一気に浴びるように視せられた。

 耐えかねて、その場にくずおれた。

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