32.c.
2014 / 05 / 04 ( Sun )
「記録に無いだけかも。古すぎたとか」
「古い事件でしたら今になって魔物の数が増えるのはどうしてでしょう」
 解せないと言った具合にミスリアが首を傾げている。

「そんなの君らにわからないのに僕にわかるわけないし。外的要因があるんじゃない」
「……構いませんわ。教団が正式に助勢して下さらなくても、わたくしたちがおりますもの。町民たちの不安の芽を摘んで差し上げましょう。聖職者とはその為に存在しているのですもの」

 連日大勢の聴衆の前に立って演説をしてきた癖だろうか、レティカは声に力を込めて言い張った。彼女がぐっと拳を握ったのを、リーデンは見逃さなかった。

「サムイ。意気込むのはいいんだけど、そういう台詞からは無理してる感がヒシヒシと伝わるね」
 目を細めてそう言うと、聖女レティカはその場で凍り付いた。
 近くに来ていた彼女の護衛二人がそれぞれ身を乗り出した。たまたま、より近くに居たのがレイという名前の大柄な女の方だ。

「貴様、レティカ様を愚弄するか」
 リーデンの顔めがけていかにも重そうなロングソードをスラリと薙いできた。
「するかも何も、もうしちゃったよ。あは」
 彼は剣を素手で掴む。左手の親指・人差し指・小指にそれぞれつけている指輪が、ちょうど刃に当たってるので手を切ることはない。

「遠慮を知らない物言い、協調性に問題あり」
 レイはただでさえ強面な顔を更に険しくしながら、大きな声で告げた。不穏な空気に気付いて司教とそれを取り巻く人間が注目を向けてくる。なるほどこうやって退ける気か、とリーデンはニヤニヤと口元を吊り上げる。

「大丈夫、戦闘が始まったら協調性を出すよ」
「何が大丈夫なものか」
 レイは尚も抗議したが、それを制したのがエンリオという小柄な男の方だった。

「作戦に支障が出なければそれでいいんですよ」
 女の方が先に怒りを見せたからか、エンリオの方は冷静さを取り戻していた。確か、最初に会った時に魔物退治に誘ったのもコイツだった。

「しかし、レティカ様を……」
 二人の内で実直な性格で忠誠心が強いのはレイの方か、とリーデンは評した。
 エンリオは「大したことない」とでも言いたげに手を振っている。それを合図と受け取った司教とその他の魔物狩り師の視線がリーデンから外れる。

「貴方にはレティカ様の言葉が虚栄に聴こえたんですか?」
「どちらかと言えば思い込もうとしてる感じかな。聖女とはこうあるべきだと考えてそうふるまっているだけで、本当に自分にその道が合ってるのかわからず、自分の実力を自分ですら信じられていない」

 思ったままに、エンリオの問いに答えた。それは今のやり取りだけでなく、これまでの彼女の言動やミスリアに聞いた話も取り入れての考えだ。

「かもしれませんね。過度に失敗を恐れているのもその所為でしょう」
 エンリオは深く頷いた。彼は所在無さげに佇むミスリアとも丁寧に目を合わせて話す。
「構いませんよ、それでも。思い込もうとしているだけでも、ボクらはレティカ様の人生観が好きなんです。それに殉じてもいいくらい」
 乳白色の瞳は真摯な光を灯していた。

「……私はエンリオほど難しく考えていない。レティカ様にはご恩があるからついていくと決めているまでだ」
 剣を引いたレイが呟く。
「まあそういうのも良いんじゃない」
 リーデンは生返事を返した。レティカのことは思いついたから指摘しただけであって、別に他人の在り様にそれほど興味がある訳ではない。

 主人たる聖女が半端な気持ちでも、従者たちに迷いが無いのなら三人組はそれはそれでうまく機能するのだろう。
 聖女レティカは潤んだ瞳で、護衛たちに感謝の意と自身の不甲斐なさに対する謝罪を述べている。護衛たちの方は、気にしなくていい、一緒に居られるだけで光栄だ、みたいな語句を並べてなだめる。絆の強さが再確認される感動的な場面――になるのだろうか。

(さて、なんか他にも訊いてみたいことがあった気がするけど、もういいや)
 面倒臭くなって、リーデンは自分の持ち場に戻ろうと決めた。夕焼けの空は開始時間が近いことを示している。
 踵を返して歩き出す。するとふと少女の呟きが聴こえた。

「自分の力を自分で信じられない……ですか」
「ん?」
「あ、なんでもありません」
 振り返りざまに訊き返すも、ミスリアは頭を振るだけでそれ以上は何も言わない。

 その後ろに佇むゲズゥは、まるで聞き耳を立てて一部始終に注意していたかのように、己の護衛すべき対象をじっと見つめていた。

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