32.d.
2014 / 05 / 08 ( Thu )
 青白くゆらめく魚の大群が夜空に浮かび上がっている。正体は、空を飛ぶべきではない、魚の形をしただけの人を喰らう化け物だ。
 リーデンはおぞましい光景を討伐隊前列の右翼から見上げた。

 どこからか攻撃の合図たる声が聴こえたので、間髪入れずに動き出す。
 狙いを定めてから手首を捻らせるまでの間(ま)は誰よりも短い――と自負したい所だが、同じ右翼からナイフを投げるエンリオも、なかなかに速い。

(しかも僕よりも狙うのが巧いかも)
 うじゃうじゃ居る敵の大群の中から標的を選び、眉間を正確に貫いている。ちなみにリーデンが狙ったのはあの間抜け面の顎下辺り。狙いは的中し、そのまま仰角四十五度に頭部が削がれる。

「替われ!」
 前列の戦闘員が魔物たちに飛び道具を浴びせた直後、後列から号令が上がった。それには素直に従い、一列目が今度は二列目になる。
 スリングショットや弓矢などの武器が再装弾されるまでの時間を、他の者たちで稼ぐということだ。

 武器の性質上、装弾のラグなどリーデンとは無縁だった。加えて彼は両利きなので、片手で攻撃を繰り出す間にも空いた手は次のチャクラムを指の間に挟むことができる。しかもベルトにかけている鉄の輪の数はゆうに五十を超えていて、回収に手間取る必要も無い。

 今は一応混乱を避ける為に、本来のペースよりも手数を減らして周りと攻撃のタイミングを合わせてはいるが。

(三、四列でも組んでも良かったけど。飛び道具を浴びせる波が続けざまな方が効果的なのに……人数的に幅が足りなくなるか)
 待機中にそんなことを考えた。

 魚どもが一直線に襲ってくるならまだしも、奴らは広い範囲をデタラメに飛んでいる。
 偶然か運悪くか、今晩集っている人員の中では飛び道具を扱う人間よりも接近戦に長けた人間の方が多かった。
 この人材のバランスでなんとか一体でも多く倒すことを念頭に置いて、フォーメーションを決めたのだろう。

(あと、敵の進軍にも中距離攻撃が出て来る可能性アリ、だっけ)
 リーデンは宵闇の中で薄く光る異形の群れを凝視した。

 攻撃された魚たちはギャーギャー鳴きながら身をよじる。第一波で撃ち落とされなかった個体が目に見えて膨らんでいった。
 次に、魚たちはビュッと唾液のようなものを吐き出した。
 その間、唾液を打ち出す時の魚たちは進行が止まっている。

 ――聞いていた通りの現象だ。
 作戦が実行される当日までに、何度か下見に来た人間が居る。あらかじめ得た情報が皆に伝えられたため、準備は万全だった。

 接近戦派の人たちが盾や得物を駆使しておそらく毒性の唾液を退ける。唾液攻撃がおさまった頃には装弾も終わり、前後の列がまた入れ替わった。それらを何度か繰り返す内に、大群はすっかり数が減って形を成さなくなっていた。進行を許してしまった分は剣や槍や斧などによって戦士たちが豪快に片付けている。

(はぐれモノも居るけどね)
 片目を瞑って休ませ、リーデンは右目だけで非戦闘員エリアの方を向いた。
 聖人・聖女たちが特別魔物に的にされやすいという話は兄から聞かされている。案の定、結界に守られた高嶺の花を目指して魚たちが見えない壁に挑んでいる。

 同じ箇所をあまりに何度もぶつけられば結界が綻びることもあるのだろう。司教やレティカが緊張した面持ちで身構えている。ミスリアだけが落ち着いた眼差しで見守っていた。

(数は多くても一体ずつは大したことないし)
 リーデンは両目を開けて、次に起きた一連の出来事を観察した。
 小さな穴をこじ開けようとしている魚たちの前に、大きな人影が立った。

 T字型の杖の先端が地面に突き刺さる。
 右の杖と脚に体重を預けたゲズゥは左脇下の杖を地に引きずった。
 それが地から抜けた瞬間、振り上がる速さが一気に加速し――結界越しに数匹の魔物に強烈な衝撃を見舞わせた。問題はそうしてあっさりと解決した。

 やがて、黒い生地の装束と赤い帯そして頭皮にぴったりくっついた丸い帽子を身に着けた初老の男、司教が声を張り上げた。

「聖女レティカが落ちた魔物の浄化に回ります、手の空いた者はサポートして下さい! 怪我をされた方々は、聖女ミスリアの元へ!」
 次に敵の大群が押し寄せるまでの時間を有効に使って、体勢を立て直す手筈である。全員が忙しなく動き回った。
 リーデンは怪我をしていなければ、レティカのサポートをしたいとも思わない。なので人の集中している範囲から離れ、兄に「話しかけ」ることにした。

 ――君の経験上、今の内にやった方がいいこととかって何か思いつく?

 よく夜に出歩くリーデンは何度も魔物退治を経験しているが、あまり細かいことはわからない。適当に切り刻んでいただけで、「浄化」という対処法についてもさっき初めて聞いたくらいだ。
 返事が来るかは定かではない。気にせずにリーデンはのんびり歩いた。

 ――根源を見に行け。あの猿みたいな男も連れて行くと良い。

 返事があった。
 根源とは河のことだろうか。猿みたいな男とは誰を差しているのかと少し考えて、ああ、とリーデンは答えに至った。





 弓兵が一撃繰り出す間にエンリオやリーデンは二・三発飛ばしてるみたいなペースでしょうか。弓の方がとぶ距離は長いでしょうけど……

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