32.b.
2014 / 05 / 03 ( Sat )
「そっちの聖女さんもおいでよ」
 と、笑って声をかけてみた。
 二人の聖女が歩み寄る。人の群れはいつの間にか司教を囲むことに決めたらしく、聖女たちを追わなかった。

「ねえ、僕を怖がってるのはどうして?」
 目を合わせようとしないレティカに軽い調子で訊ねると、彼女は視線をきょろきょろさせた。彫りの深い顔が僅かに紅潮し、白い手は首の横で束ねられた青銅色の髪を撫でている。ミスリアはともかく、この女性に目を逸らされるようなことをした覚えはない。

「……ありのままに答えても?」
「どうぞどうぞ。傷ついたりしないから」

 微笑で先を促すリーデンは、勿論ちゃんと、己の顔立ちの破壊力を理解していた。だからといってそれに執着があるわけではなく、使い方を心得ているだけである。
 美しさとは武器であり権力だ。使う為に存在するものである。が、たとえ使えなくなっても武器が一つ減るだけなので、彼は美貌を維持する為に右往左往しようとは思わないし、顔に傷を負ったとしても嘆いたりはしない。

 レティカの碧眼がリーデンを上目づかいに見上げる。そしてすぐにまた顔を逸らした。

「見た目の輝かしさと相反して、貴方の周りの空気が……渦巻いていると言いましょうか、ねっとりしていると言いましょうか……あまり見ていると吐き気を催しますの」
「周りの空気?」
 思わず訊き返す。するとレティカは自分が生まれつき人の周りの空気が色がついて見えるという話をした。

「じゃあ人の業が見ただけでわかるってワケだね。業っていうか生き様か」
「え、ええまあ、簡単に言えばそうですわね」
「あははは。ごめんねー、業が深くて。じゃあ無理にこっち見て話さなくてもいいよ。にしても、その能力欲しいな。悪質な人間が一目でわかるってのは良いね、前もって対策練れるから」

 リーデンは自分のことは思いっきり棚に上げて、ころころ笑いながら率直な意見を口にした。レティカは気まずそうに唇を噛んでいる。

「それでリーデンさん、ご用件は何でしょう?」苦笑交じりにミスリアが訊ねた。
「ああ、そうだったね。ズバリ、土地が『忌み地』判定をされる為の条件って何なの」
 質問に面食らったようにミスリアが目をぱちくりさせた。一度レティカと目を合わせてから、答える。

「確か……何か惨事が起きた明確な過去と、常に漂う大量の瘴気と、後は昼夜構わず魔物が闊歩してる状態、でしょうか」
「なんか大きな事件があった場所じゃないとダメってこと?」
「そうなりますね」

「もう一つありましたわ、確か。忌み地と判定して封鎖するには範囲が一定の面積以下でなければなりませんの」
 レティカが横合いから付け加えた。
「ふうん? 何で」
「広大すぎると対応しづらく、教団にとっては管理対象外になるからだと思いますわ」

「それは私は知りませんでした。ではユリャン山脈の西にある樹海が浄化されていないのはそういう理由からなのでしょうか」
 何かを思い起こすようにミスリアは視線を彷徨わせている。そうかもしれませんわね、とレティカが相槌を打った。

「この場所はどうなの?」
 リーデンは手をかざして河の向こう岸まで見通してみた。確かに広いが、教団に対応できない程なのかと問われれば否と答えるだろう。
「司教様に聞きましたけれど、忌み地となる原因が記録に無いそうですわ」

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