32.a.
2014 / 05 / 01 ( Thu )
 一度の魔物討伐に六十人もの人員が駆り出されるのは珍しい、それは間違いなかった。
 あるセオリーによれば、安全性を重視した配置をするには以下の対比が最適だという――魔物狩り師一人に対して魔物は三体まで、と。

 六十人の内の全員が魔物狩り師というわけではないが、仮にそうだとしてセオリーに則って計算するならば、今この場に居る人間だけで最多で百八十体の魔物の相手ができるということになる。
 それだけの数の魔物が一箇所に集まっているのはありえないのではないか。そこまでの状況であれば教団から「忌み地」と断定されて封印されるはずではないか。

 百八十よりも少ない数が相手だとしても、大人数の方が安全だという考え方には、穴がある。
 集団として統率の取れた動きが維持できるのか。人員同士で実力にムラが出るかもしれない。それを巧く補い合えるようにバランスを取った配置をするか、より弱い者を前線から一歩引かせるか、考慮すべき問題が人数と共に増える。

 何より、どんな討伐隊も全滅に遭って戻らない……その噂が本当なら? 人数が多くても全員死ぬのが決定事項なら、小隊に捨て身の攻撃をさせ、敵の数を徐々に削ることを優先すればいいのではないか。少ない犠牲を払ってより確実な解決法を選ぶべきではないか?

 己の思考回路が弾き出した疑問を聖女たちにこっそり持って行こうと思って、リーデン・ユラス・クレインカティはゆっくり歩き出した。

 薄い茜色に染まりつつある世界の下。討伐隊は戦陣を組み立てたり指示の確認をしたりで忙しい。
 フォーメーションはシンプルで、たとえるならA字型になっている。魔物狩り師たちが二列を組んで矢印のように攻め込み、後ろに並ぶ非戦闘員、つまり聖職者たちを同時に守ることになる。

 非戦闘員は夜になれば司教の簡易結界によって囲まれるので魔物狩り師の働きが無くともある程度は安全だ。
 リーデンはその中で杖に寄りかかって佇む兄を瞥見した。今日は非戦闘員に徹するらしい。脚の怪我に関しては昨夜さんざん問い詰めたが、結局口を割らせることはできなかった。

 次に、彼から数歩離れた位置に立つ小さな聖女の姿を認めた。

 そんな荷物は無かったはずなのにどこから仕入れたのか、聖女は足首まで届く白い服を何重にも着込んでいる。ウェーブがかった栗色の髪はレースに縁取られた半透明のヴェールに隠れ、あどけなさの残る顔は慈愛と自信に溢れていた。不安を相談しに来た魔物狩り師の女性たちを励ましているらしい。三十路に届きそうな年齢の女どもが揃って十四歳の子供に群がる様は何やら可笑しかった。

 聖女ミスリア・ノイラートは、興味深い人間である。
 兄のゲズゥが彼女を気に入っている、または特別視しているらしいことは噴水広場で会った時にすぐに気が付いた。

 ゲズゥが口数少ないのは他人と意思疎通することに意義を見出さないからだ。そのため必要最低限にしか喋らないし、よく舌の回る人間、中でも女子供の相手をするのがやたら面倒に感じるらしい。
 そうでありながらミスリアを突き放していないのは何故か。リーデンにとっては少々面白くない話ではあるが、それ以上に純粋に興味がある――兄が心を許しているというこの少女に。

 リーデンは結界が張られる予定の範囲の端に立って、目当ての人間を手招きした。

「聖女さん、ちょっといい?」
 初対面ではかわいい名前だねと褒めた割には「聖女さん」で呼び方が定着しているし、おそらくミスリアの名を呼ぶ日は一生来ないだろう。

「何でしょう、リーデンさん」
 聖女ミスリアは微笑んで答えた。リーデンに対して嫌悪や恐怖を抱いていたとしてもうまく隠している。
 この場に居るもう一人の聖女、レティカ・アンディアがミスリアの隣で怯んだのが目に入った。こちらも同じように人の輪に囲まれている。士気を高めるのも彼女らの務めなのだろう。

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