29.c.
2014 / 02 / 10 ( Mon )
 一方で少年は突っ立ったまま黙りこくっている。
 彼が一度たりともその視線をゲズゥから外さないのが、段々と気味悪く思えてきた。どう考えても命の恩人に対する眼差しとは違う。感謝や憧れどころか、好奇心ですら映し出さない暗い瞳だ。

 そもそもこの子供を取り巻く状況すべてが不審だったのだから、当人までもが尋常ならぬ性質の持ち主であっても不思議はない。ミスリアはなんとなく身構えた。

「皆さま、ご無事ですか?」
 喚き合う護衛達を押しのけて、聖女レティカが進み出る。
「はい。なんとか」
 ミスリアは自らの護衛の様子を窺いつつ答えた。ゲズゥは例によってあさっての方向を見つめている。

「…………来た」
「はい?」
 彼の不可解な呟きに聖女レティカが訊ね返す。

 その時、大地が轟いた。
 地面が盛り上がり、ミスリアは数ヤードほど宙に投げ出された。大地の亀裂からは獣の舌を思わせる形の巨大な塊が伸びる。レティカ一行が咄嗟にその攻撃から飛び退くのが見える。

「きゃあっ」
 ミスリアは背中から着地した――草の感触からかけ離れた、黒い物の上に。
 そんなことには構わず、急いで舌の魔物を探した。

 おそらくは魍魎の類であるそれは正面2ヤード先に居た。
 赤い塊は一度後ろへ跳ね返ると、今度はミスリアめがけて蠢く。驚異的な伸縮力である。

 避ける余裕が無い。ミスリアは反射的に顔を逸らそうとした――
 ――刹那。銀色に輝く物が三度、視界の端を横切った。ぞっ、ぞっ、ぞっ、と短い音を立ててそれらは通り過ぎる。

(今のは……?)
 顔を上げると、そこには輪切りにされて地に崩れる魍魎の姿があった。
 そして更に向こうに、明るい色の、裾の長い服に全身を包んだ人影がいる。ミスリアは相手の爪先から顔の方へと視線を上らせ、忘れがたい顔を見つけた。

「リーデンさん!」
 絶世の美青年は不機嫌極まりない様子でこちらを見下ろしている。こういう表情はゲズゥに少し似ているかも、とミスリアは思った。
 勿論、どんな顔をしていても美青年の美しさは損なわれない。ついでに雨に濡れた銀色の髪が肌にくっついていて、色っぽさを引き立てている。

「何? その格好。無様すぎるんだけど」
 緑色の瞳はミスリアではなくその背後を睨んでいた。
「そうか」
 と、無感動な声が返事をした。

 自分が何を下敷きにしているのか薄々勘付いていたミスリアは、その声を聴いてすぐに立ち上がろうともがいた。

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