27.h.
2013 / 12 / 10 ( Tue )
「そう……ですか」
「んん、怖がらないで。別に取って食ったりはしないよ? 僕に何の用なのか知りたいだけ」
 またあのとろける笑顔を向けられて、ミスリアはあっさり気を抜いた。

「でもその質問の答えを私は知りません」
「そうだろうね。そんであの人はゼンゼン語る気無いだろうね」
 リーデンはゲズゥが佇む部屋の隅に一瞬視線をやってから、「とりあえず君にわかることから話してもらおーか」と言ってミスリアに座るようにと椅子を引いた。

「ありがとうございます」
 ミスリアは素直に腰を下ろした。それとほぼ同時に、イマリナが再び台所の方へと姿を消した。さすがは元奴隷とでも評すべきか、足音一つしなかった。ヤシュレ出身の奴隷はその存在を誰にも悟らせることなく主人の身の回りを世話すると、そう聞いたことがある。それゆえに気配がしなかったのかもしれない。その気になれば誰にも姿を見せずに黙々と仕事をこなすだろう。

 ティーセットを持って再びイマリナが現れた。
 三人分のお茶がカップに注がれ、茶菓子が盆からテーブルへ置かれてゆく。イマリナの動作の一つ一つは、流れるように速くて静かだった。彼女を見るリーデンの目はどこか誇らしげだ。

「ホントはね、僕が一目惚れしたから、奴隷商の荷馬車を襲ったんだよ。絶対お持ち帰りしなきゃ後悔する! って直感がね」
 これにはミスリアは頷きだけを返した。彼の「ホントはね」をどこまで信じていいのか、疑問が芽生え始めている。

 テーブルに近寄ろうとしないゲズゥをイマリナが不安そうに眺める。そんな彼女にリーデンが手話で何かを話しかけた。イマリナも手話で応え、お茶と菓子を一人分、盆に戻しては再び台所へ消えた。

(下げたのかな……それとも後でまた持ってくるのかな……人と食べたがらないゲズゥの性質をリーデンさんが知っているなら……)
 とはいえ、考えてもわからないし、口を挟む気にはなれない。
 ミスリアは湯気の立つお茶にそっと息を吹きかけ、飲んでみた。土を思わせる芳醇な香りがする。包み込むような深い味わい、それでいて後味は若干甘い。
 お菓子のバタークッキーはアーモンド入りで、ちょうどいい具合に焼けている。

「で? 何で僕を追って来たの?」
 数分後にリーデンが口火を切った。
「何でと訊かれても……誰かを追っていたなんて私は知りませんでした。お二人はどういう関係で?」
 思えばゲズゥのミスリアへの頼み事は「寄り道がしたい」の一言だった。何故、何処へ、は訊いても答えが無かったので、深く考えないことにしていた。目的を果たせた今でも、謎は謎のままだ。

「切っても切れない縁」
「え……」
 リーデンの笑顔が消えた。ミスリアは更に質問をしようか迷ったが、あっという間に美青年の顔に愉快そうな表情が戻る。

「ふうん。つまりそこの人が急に言い出したから聖女さんは付き従った、と」
 リーデンはミスリアたちが何故旅をしていたのかまでは問わなかった。或いはもう知っているのではと思う。
「わっかんないなぁ。何で今なの? 直前までどういう状況だったの」
「直前は……」

 ミスリアは顔中の筋肉から力が抜けていくのを感じた。
 あの時の状況――ゼテミアン公国領の城に連れて行かれた日――を思い出すのは憚れた。やっと、悪夢に見る回数が減ってきたというのに。
 すみません、その話はできません、と断る気力も無かった。城主の顔を思い出してひどい吐き気を催したからである。

 向かいに座るリーデンはまるでお構いなしに呑気にお茶と菓子を堪能していた。ミスリアの様子がおかしいことに気付いていながら気付かない振りをしている風だ。

「そーだね、変わったこととか無かった?」
「……変わったことですか」
 色々あったのは確かだけれど、ゲズゥがいきなり寄り道がしたくなるようなきっかけがあったか、改めてミスリアは考え直した。

「――あ」
「なになに?」
「そういえば聞いたことのない単語を耳にしました。クレイン、とか何とか……クレイカ? でしょうか」

「ああ、『クレインカティ』ね」
 美青年が緑色の瞳を妖しく光らせた次の瞬間、それまで微動だにしなかったゲズゥが突然目を開かせた。やはり重要な言葉なのだ、きっと。
「何ですか? その、クレインカティ、って」

「戦闘種族の系統の一つだよ。生まれつき他の人間よりも頑丈でスタミナあって、脚力とか腕力とか全部平均以上なんだけど、一番の特徴はズバ抜けた瞬発力だってね」
 リーデンが美声を発する程にゲズゥの視線が鋭くなっている気がしてならない。それでもリーデンは気にせずに喋っている。

「幾つかの戦闘種族の中でも特にクレインカティは兵士や暗殺者として求められた。それはもうしつこく狩られ続けて、ついに嫌になった彼らは姓を捨てたらしい。半世紀前から誰もクレインカティを名乗ってないはずだよ。まあ、そもそもそんなに生き残ってないだろうけど」

「なるほど……」
 ならばあの時、ウペティギを黙らせるように気絶させたゲズゥは、自分の系統を言い当てられて不快だったのだろうか。
「そんなクレインカティの女の人が、何世代か前に『呪いの眼』の一族の村に流れ着いて、匿ってもらったそうだよ。そのまま居付いちゃって結婚までして、おかげさまで呪いの眼の一族の人間の一部には戦闘種族の血が混じってるってワケ」

「え、ええ?」
 つい、ミスリアはお菓子をぽろぽろと口元からこぼした。話の内容以上にリーデンがそんな話をしていること自体に驚いた。どう考えても一般知識ではない。
(これも適当についている嘘……?)
 などと疑ってしまう。

「随分と詳しいですね」
「そりゃそうだよ。だって――」
 ふいにリーデンは頭を下げて、左目に人差し指をやった。ミスリアはその手の動きを目で追った。彼の左手の人差し指の上に、小さな物がのっている。透明に見えるが、よく目を凝らすと、何か色が付いているようにも見えた。

「ガラス玉……?」
「薄く伸ばしたガラスに色をつけた代物だよ。『カラーコンタクト』と呼ばれてる技術」
 ミスリアは視線の先を上にずらした。そして、目を丸くした。
 それまで緑色に見えていたリーデンの左目が白いのである。白地に金色の斑点、縦長の瞳孔。

「リーデンさん、その目は……」
「うん。ほら、僕も『呪いの眼の一族』だから」
 彼は首を傾げて無邪気に笑う。
 彼の斜め後ろに居るゲズゥは未だに会話に介入して来ない。

「君もこういうの使った方がいいんじゃない、兄さん。前髪で隠してるだけじゃあね」
「……………………」
「ご、ご兄弟? ですか?」
 驚き過ぎてミスリアは混乱した。もう何がなにやら。
 でもよく見比べてみると、二人の体格や切れ長の目や鼻の形など、似ていると言えなくも無い。

「そ。改めて初めまして聖女さん、僕はリーデン・ユラス・クレインカティ。そこのやたら図体のデカい人――ゲズゥ・スディル・クレインカティ、の血の繋がった弟だよ。腹違いではあるけどね」

 左右非対称の瞳をした絶世の美青年が微笑む。
 何と言えばいいのかわからず、ミスリアは二人の青年を交互に見た。そうして訪れた沈黙の中、リーデンのお茶を啜る音だけが響く。

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