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2012 / 01 / 18 ( Wed ) ヴィールヴ=ハイス教団は、アルシュント大陸中のいくつかの「忌み地」の管理もしている。
忌み地とはすなわち過去に何か大きな惨事があり、今では瘴気と魔物に満ち溢れた場所を指す。人間が近寄ると骨も残らず喰われ、中には日中でも魔物が闊歩している土地もある。 対策の一つ目は単純。 内と外を隔てるために、教団の人員がまず封印を施す。魔物が逃げ出ないように、下手に人間が迷い込まないように近くで聖職者の誰かが常に見張る。 厄介なのはその後だ。忌み地を清めるには数日または数ヶ月、下手すれば数年の労力を要する。浄化が終われば、封印も解かれる。 しかし常に人手不足に苛まれている教団から、長い間誰も派遣されないケースもある。 よってそれらの忌み地は封印されたまま長年存在し続けている。 _______ 「つまりカイルサィートは、忌み地の浄化を手伝うために、叔父様の受け持つ教会に来たと言うわけなんですね」 ラズベリージャムを塗ったトーストを両手で持ち、聖女ミスリア・ノイラートが感心して友人に確認した。 明るいダイニングルームの小さな丸いテーブルを囲んで、ミスリアとカイルサィートが朝食をとっている。お互いに水色の質素な服装をしている。これは、教会から借りたものだ。 ミスリアの護衛のゲズゥ・スディルは、テーブルに座すことを拒否し、何故かキッチンの隅で立って食べている。食べかすが散らからないように、一応ゴミ箱の真上で。やはり似たような服を着ているが、肌色が濃いめの彼には、若干似合わない。 キッチンとダイニングルームはカウンターひとつ隔てただけで空間自体は繋がっている。ゲズゥは、ロールパンを食べながらテーブルの方向に視線をやっている。何に焦点を合わせてるのかここからではわからない。 「カイルでいいよ、ミスリア。そういうことになるね。特にここは教団が干渉しにくい国にあるし、ずっと無人で立ち入り禁止にされていただけだったみたい。半年前くらいに叔父上が来て、小さな小屋を教会に建て直したんだ。今、僕等がいるこの建物だね」 カイルは二人分のマグカップにコーヒーを注いだ。コポポ、と黒に近い茶色の液体が泡を立てる。 「大変そうですね」 トーストを皿に置いて、ミスリアは花柄のマグカップを受け取った。ありがとう、と小さくお礼を言ってから、ミルクと砂糖を少量加える。まだ熱すぎるので、嗅ぐだけにした。濃厚な香りが鼻に届く。 「聖獣を蘇らせる旅に出る前の準備運動と思えば悪くないよ」 カイルは気持ちのいい、爽やかな笑顔を見せた。 自然とミスリアも笑顔になった。 短く切りそろえられた亜麻色の真っ直ぐな髪に、小麦色の肌、琥珀の瞳、通った鼻筋、そして長くほっそりとした輪郭。数ヶ月前に教団本部で別れたきり、彼はまったく変わらない。 「君も、飲む?」 キッチンに立つゲズゥに、カイルが空いたマグカップを持ち上げて声をかけた。 ゲズゥはいつの間にか食べ終わっている。一度瞬いてから、ゆっくり歩み寄ってきた。 「なかなか解決の糸口が見つからないのだけどね。実は、強大な魔物が核となってあそこに居座ってるんだ。僕程度の剣の腕じゃあ相手は強すぎて迂闊に近づけないし、「対話」を試みても応じてくれない」 ゲズゥのためにコーヒーを注ぎながら、カイルが続けた。 数人の魔物狩りの専門家を伴っても、みんな途中で腰を抜かして逃げ出すのだという。彼等が優秀かどうかはさておいて、かなり手強い魔物らしい。 (対話、か……) 浄化するだけなら教団の他の役職の人間にも可能だが、対話は魔物の内なる「心」に触れられる、聖人聖女にしかできない芸当だ。教皇猊下を例外として。 「……ここからわずか東の、村の跡地か」 ブラックコーヒーの入ったマグカップを受け取り、ゲズゥが口を開いた。 「そうだね」 一瞬だけ驚いた顔を上げ、カイルが短く相槌を打つ。話した内容より、ゲズゥが急に喋ったことに驚いてるのではないかと思う。 どうして、ゲズゥがそんなことを知っているのだろうと、ミスリアは首を傾げた。 カイルはテーブルの上で両手を組んだ。 「そこはかつて、『呪いの眼』の一族が暮らしていたとされる場所なんだ」 |
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