25.e.
2013 / 08 / 12 ( Mon ) (ねえ、待って、スカートがほぼ透明なのに下はコレなの)
上の部分と色が合っているといえば合っているが、色々と大丈夫だろうか。心の内には疑念しか沸かない。 すうっと深呼吸した。スカートは履いたまま、素早く下着を着替える。兵の(と思われる)視線が突き刺さるが、恥じらっていられる心の余裕がもう無かった。できるだけ早く済ませたかった。最後に、一応変な箇所が無いように身なりを確かめる。 既に今日一連の展開がミスリアの常識の範疇を超えていた。 意を決し、声をひそめて女性たちに訊ねた。 「訊いても良い? 私たちは、これから何をさせられるの?」 「アタシたちは愛玩奴隷よぉ。ナニをさせられるかなんて決まってるじゃなぁい」 唇をすぼめて、黒髪の女性が答えた。 ミスリアは首を傾いだ。 「愛玩奴隷」とは人が使うのを聞いたことはあっても意味をあまりよく知らない、馴染みの無い言葉だった。愛玩動物ならわかるけれど。 「そんでねえ、特に気に入られたオンナは愛人にしてもらえる。そうしたらもっと金も贅沢も自由にできるんだからねーえ、アタシら必死にもなるワケよ」 「愛人……」 「おい、時間だ! 並べ。順番に手錠をつける」 兵士が張り上げた声により、会話が中断された。驚くほど速やかに、そして静かに、部屋中の女性が出入口へ向けて一列に並んだ。ミスリアも慌てて列の最後尾に続く。 隅に蹲(うずくま)っている小さな少女二人だけが立ち上がらなかった。 「耳が聴こえないのか!?」 兵士の一人がズカズカと彼女らに歩み寄った。 (――!) 次には信じられないことが起きた。兵士が少女の一人を蹴り飛ばしたのである。鮮やかな衣を纏った小さな身体が化粧台にぶつかって跳ね、残った少女が鋭い悲鳴を上げた。 「うるさい! お前もだ!」 今度は兵士は、少女の白い頬を叩いては腕を引っ張り、無理に立たせた。そして別の兵士が蹴飛ばされた方を半ば引きずるようにして列の前に投げ出した。 そこからは痛いほどの沈黙が続いた。 定期的に、ガシャン、と手錠が一人一人に付けられる音、ジャラ、と歩かされる女性たちの鎖が引きずる音、その両方が部屋に響き渡る。 音が一個ずつ重く胸に沈む内に、あわよくば逃げられないだろうかと心のどこかで考えていたのだと、ミスリアは自覚した。 体が小刻みに震えるのを抑えられなかった。あと五人もすれば自分の番になる。 手錠をつけられればもう終わりだ――本当にどうしようもなくなる――こんな故郷から離れた城の中に閉じ込められて一生を終えるのではないか―― 『死にたくなければ、動け』 ふいに頭に響いた声が考えを遮った。 次いで、何度も見てきたクシェイヌ城のイメージが脳裏にチラつく。 それらが消えると、後に残った強い使命感が胸の内に燃えていた。 ――だめだ、弱気になるのだけは。自分に何ができるか今はまだわからなくても、諦めたら本当に希望の一つも浮き出ては来ない。 唇を噛んで俯いていたのは、数秒だったかもしれないし数分だったかもしれない。 「次!」 呼ばれて顔を上げたミスリアは、自分がどんな表情をしているのかわからなかった。手錠を持った武装兵と目を合わせると、向こうは露骨に驚いて一瞬身じろぎした。物言いたげに眉間に皴を寄せている。 何か不自然だったかと疑問に思って目を逸らし、手を差し出した。兵士は結局何も言わなかった。 それからすぐに、両手首に冷たく硬い鉄が絡みついた。泣きたくなる重さだ。 「よし、全員手錠を付けたな。このまま一列に歩いて宴会室に向かうぞ。変な真似をしたら鞭で罰する。貴様らは奴隷だ、それだけは忘れるなよ!」 _______ 落日がゼテミアン国境の壁を緋色に染め上げる様を、木の葉の合間から見下ろしていた。 木々の枝を渡り、かなり高い場所に身を隠したゲズゥは、警備兵の数や装備を確認している。 警備が手薄な場所を探すのではなく、むしろその逆で、不自然に兵が多く配置されている場所を探していた。 全体を見渡せば、人が通れる門からは遠いのに兵士の多い箇所がいくつか見えた。 それらを目標と見定め、ゆっくりと枝の間を一本ずつ降下していく。ギリギリまだ全体の状況を把握していられるような高さに留まった。 後はもう、陽が完全に地に潜るのを待つだけである。 |
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