25.d.
2013 / 08 / 07 ( Wed )
(絶対嫌! ……でも、抵抗したら……どうなるんだろう)
 扉の前で陣取る兵士たち四人を見やると、彼らは槍を手に目を光らせている。部屋に窓は無いし、扉は一つしかない。逃げ道があるとは到底考えられなかった。例えばゲズゥのように兵を斬り伏せる技量があれば話も違ってくるだろうに、生憎とそんな方法はミスリアには取れなかった。

 唾を飲み込み、手の中の衣装を握り締める。背に腹は代えられない。

「好きなの選んで着替えてねぇ」
 黒髪巻き毛の女性がウィンクする。
「う、うん……って」
 部屋中を見回し、ミスリアは重要なことに気が付いた。

「身を隠す場所がないんだけど……」
「そりゃあ見えない所で着替えたら、何か凶器とか隠し持っちゃうかもしれないじゃない? しょうがないのよぅ。我慢してねえ」
 豊満な体つきの茶髪の女性がひょいっと横から口を挟んできた。

「こ、こんな大勢が見る前で脱ぐんですか!?」
 衝撃のあまりに思わず口調が元に戻った。部屋中の視線がミスリアに集まった。そのほとんどが陰鬱なものだったが、兵士からは厳しい目とたしなめる怒声が飛んできた。
「大声出しちゃだめよう」
 三人目の、金色の髪を縦にぐるぐる巻いた女性がしーっと唇に指を当てた。

 ごめんなさい、とミスリアはとりあえず謝る。納得はしていないけれど、どうしようもないのだろうと諦めねばならない。下着姿とどちらがましかと問われれば言葉に詰まるけれど。
 結局最初に渡された赤と銀色の服を選んだ。付け方を確かめるように慎重に眺めて、部屋の隅に行ってからまずは上の部分を下着の上に付けた。

「ソレ、そんな風に着るんじゃないの。下着付けたままじゃだめデショ」
「わかってるよ」
 金髪縦ロールの女性の指摘に、ミスリアは振り返らずに答えた。

 元々上は、体を締め付けない緩いキャミソール型の白い下着を着ていた。普段は外出時は夏であっても何段にも重ね着をしているから、一番下の段は誰かの目に入る心配が無く、簡素な物を好んで使用している。

 その上に衣装を付けてから、体を捩ってキャミソールだけを引き抜いた。肌に残った、布の面積が少ない衣装を、ちゃんとぴったり合うように結び目を調整した。

(ううううううううう、恥ずかしい)
 面積は少なくてもせめて胸に当てられる部分はそれなりの厚さである点だけが救いだ。肌触りも悪くない。
 ただしほとんど無い胸を強調するデザインがどうしようもなく恥ずかしい。一方で何だか悔しくなって、掌で胸の脂肪をかき集めたりしてしまう。

 そしてミスリアははたと動きを止めた。
 背中に冷や汗の粒が浮かび上がり、顔からは血の気がサアッと引いた。

 ――アミュレットが無い!
 下着の中や自分が転がされていた周辺の床を目で探ったが、やはりどこにも無い。
 森の中で着替えていた時はまだ首にあったから、きっと攫われた最中に千切れて落ちたのだろう。

(何で……私の為に造られた唯一の物なのに――)
 手元を離れたのは今回で二度目だ。しかも前回のように急いで取り戻す選択が無い。きっと教団に戻ったら説教され、罰掃除などさせられ、最低でも一週間の断食を強いられる。
 ふっ、と自嘲げに笑った。

(そんな心配をするのは、教団に戻る以前に……ここから生きて帰らないと……)
 迷走気味の思考がすぐに現実に着地し直した。口の中が妙に乾いている。
 叱られる場面を想像して現実から逃避していた方が、まだ気分が良かった。

(でも、困ったわ)
 アミュレットが無いのが、どれほど不自由なことか。あれが肌に触れている状態でないと、聖気はほとんど扱えない。全神経で集中しても、かろうじて触れている相手のかすり傷を治せるか治せないか程度。当然、魔物の浄化はできないし、カイルに教えてもらった応用の術――その一つは魔物を意図的に呼び寄せる方法――も使えない。

 のろのろと、ミスリアは衣装の下半分を手に取った。八割以上の透明度を誇る銀色のふわふわとしたスカートを、直視せずに履く。

「あ、ごめん。それもう一つパーツがあったわぁ」
 金髪の女性が何かを投げてきた。もう何を見ても驚いてやらない、と意気込んで受け取ると、それはレースをふんだんにあしらった真紅の下着だった。
「…………」
「セットだからね、絶対揃えて着なきゃだめだかんね」

 ミスリアはものも言わずにそれを見つめた。

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