21.f.
2013 / 03 / 26 ( Tue )
「純度の高い水晶に共鳴するよう、何かの秘術がかかっていると聞きました。原理は私にもよくわかりませんけど……」
 秘術とは名の通り、枢機卿以上の人間にのみ伝えられている特種な術だ。何故秘密である必要があるのか、ただの一聖女であるミスリアのあずかり知るところではない。

 樹に歩み寄り、ミスリアはその幹にそっと触れた。聖気に触れて育った樹だからだろうか、周りの木々に比べて育ちが良い。形や大きさが、他のしな垂れた松とは比べ物にならない。心なしか、指先に微かな熱が伝わったような錯覚がした。植物に、体温など無いはずなのに。

「まあ、光を辿っていけばいいワケか。わかりやすくていいな。オレの親も二月(ふたつき)に一度は町に行ってたんだ、きっと案内人も同じようにやってたんだろーな」
「イトゥ=エンキさんのご両親は二月に一度町に行っていたんですか?」
 驚いて、ミスリアは振り返った。それはつまり、幼少の頃に彼はそう遠くない場所に住んでいたことを意味する。

「納品とか作品の売り買いとか、買い出しとか、色々と用事があってな。オレの父親はフリーの製本工で、母親はそこそこ売れてる画家だった」
 ニヤニヤ笑いながら、イトゥ=エンキが答える。

「製本工……ではイトゥ=エンキさんは字の読み書きが?」
「できるぜ。むしろ運動ができなかっただけに、本は結構読んでた」
 その返答に、ミスリアは目を丸くした。

(似合わない……と思ったら、失礼よね)
 ミスリアの知る本が好きな人間の筆頭は、想像力豊かで物語を引用しながら会話する人や、知識をばら撒きながら歩く人だ。
 直刀を振り回したり人を片手で殴り飛ばすような男性が実は隙間時間に活字を目で追っているなど、自分が知らないだけで、よくあることなのだろうか?

「嬢ちゃん、考えが顔に出てるぜー。別に本が好きだったんじゃねーよ? 他にできること無かったから仕方なく読んでたんだ。どっちかっつーと嫌いだ、もうあんまり触りたくもないな」
「なるほど……」
 そういう事情ならば、と納得に頷く。

「イトゥ=エンキさん、何だか前より饒舌になってませんか」
「機嫌いいからな」
 その理由は、聞かずとも察しがついた。彼ににっこりと笑顔を向けられて、こちらもつい微笑みを返す。薄闇の中、イトゥ=エンキの顔の右半分にもあの黒い模様が見えた気がしたけれど、断言はできない。

 水晶を埋め込まれた樹から手を放し、ミスリアは次の樹を探しにかかった。無口無表情のままのゲズゥと、未だ楽しそうなイトゥ=エンキが静かに後ろについてくる。
 苔に覆われた柔らかい地面をそっと踏みしめて進んだ。一歩踏み進むと、くしゃ、っという小さな音が大きく響き渡る。時々、こつん、って音だった。会話を止めたせいか、周囲の静寂さが際立った。

 背筋が冷えるくらいに樹海の中は生き物の気配が希薄だった。松の木からも、生気をあまり感じない。
 次の樹は、30フィート以上も先にあった。
 水晶の埋め込まれた樹を見つける度に、周りの闇が濃くなっていく気がした。時折、眩暈や耳鳴りも感じたけれど、立ち止まっていられない。

(樹海に入ってから何分経ったかしら。確か、一時間程度で抜けられるはず……)
 出口の無い迷路をうろついているかのように、まったく進んでいる気持ちになれない。
 ミスリアはただ黙然と水晶の光を探した。それらのおおよその数は聞いている。しかし、全ての水晶が今も残っているとは限らないし、後戻りしていないという確証が持てない。

 何せ太陽が隠れている為、方角がわからない。方位磁石も、樹海の中では正しく機能しない。

(光を見失ったらどうすればいいの)
 ミスリアは不安を覚える度に振り返り、背後の二人の姿を認めては安心した。
(だめ、私が導かないと)
 これは彼らにはできないことだ。聖気の加護なくして、この中で立ち続けることすらきっと不可能である。それほどまでに樹海には謎の重圧があった。

 己を奮い立たせ、アミュレットを握り締め、ミスリアは奥深くへと樹海を進む。
 が、数分後、立ち止まって空を見上げた。

 この地が引きずる災いはずっとずっと過去の出来事なのだろう。瘴気の濃さという一点ではゲズゥの村よりも薄い。とはいえ、この地の空気も相当に淀んでいる。浄化し切れない程の範囲と、教団が判断したのかもしれない。それとも、何か別の理由が――?
 そんな物思いに眉根を寄せていたら、イトゥ=エンキが耳打ちしてきた。

「……死体捨て場だったんだよ」
「え……」
「この辺り、大昔は埋葬の習慣が無くてな」
 イトゥ=エンキの言葉に、ゲズゥが目を細めるのが見えた。この静寂の中では耳打ちでも聞き取れたらしい。

「苔の下がたまに盛り上がってたのは、そういうことか。足音が違ってたのも」
 ゲズゥが静かに指摘した。
「足音って」
 あの、こつん、という音の正体に気付いて、ミスリアは青ざめた。無意識に口元を押さえる。

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12:06:33 | 小説 | コメント(1) | page top↑
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コメント
--きぃ--

なかなか樹か木かと書き方を決められなくてすみません。松の木、でも単体では樹、と彷徨っています。いずれ修正するでしょう(願望
by: 甲姫 * 2013/03/26 12:22 * [ 編集] | page top↑
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