20.a.
2013 / 01 / 15 ( Tue )
まだ三人だった頃の旅の道中、時たま休憩がてらに、ミスリア・ノイラートは友人であるカイルサィート・デューセの話を聞いた。
その多くは教団の他の同期の近況など他愛も無い話だったが、聖人・聖女者同士、専門的な会話を交わすこともあった。大抵そんな時はミスリアの護衛であるゲズゥ・スディルはいつも不参加か、席を外している。
「――と、このように、教団に教わった聖気の扱い方を応用すればこんな事もできると思う。理論上はね」
二人はそこら辺に転がっていた丸太に腰掛けている。カイルが白い紙を一枚、ミスリアに手渡した。いつもカイルは紙に図式を書くなどして、こと細かく説明してくれた。
木々の間から差し込む陽の光が照らす紙には、彼が組み上げた三つの応用方法が描かれていた。
「確かにできると思います」
ミスリアは図式を凝視しながら、心底感心していた。学んだ術を元に新しい力の使い方を生み出すなんて、誰にでもできることではない。
「教団の人間も、これくらい考え付いたことはあるはずだけどね」
「そうなんですか? ではどうして、修行で教えてくれないんでしょうか」
意外に思って、ミスリアは問い質した。
「あまり実用的じゃないからだよ。例えば無機物に聖気を纏わせるには、身体に直接触れている物でなければならないって教えられたでしょ? 理論上は離れた物でも可能だけれど、それを実現できる人間は数少ない」
カイルが三つ目の応用方法を例に挙げて、即答する。
(でもこの前、村の跡地で……)
以前、魔物に捕らわれたゲズゥを助ける為に、ミスリアは遠くから剣に聖気を纏わせたことがあった。いつもより精神への負担は重く、成功するまでに密かに二、三度はやり直した。でも、確かに実現できた。
「君は高い集中力とイメージ力と、生まれ持った素質を兼ね備えてるから、どれも実現できるよ。あまり勧められないけどね。高度な術は反動も大きい……意識を保てなくなるほど憔悴したら、覚めない眠りにつくかもしれない」
神妙な面持ちでカイルがそう続けたので、ミスリアも頷きを返した。
「難しい術は使わずに済むのが一番です。きっと、この応用方法も理論だけに終わります、よね?」
「さあ……。君らの旅はまだこれからだから、どこか思わぬ所で役に立つかもね。余程の事態になればだけど」
カイルはいつもの爽やかな笑顔で、そう言った。
_______
目が覚めた瞬間、全身のあらゆる痛みが洪水のように脳を満たした。
動かなければならないのに、また意識を手放しそうになる。ゲズゥは反射的に目を瞑った。浸っている場合では無いが、「聖気」の余韻がまだ残っている。
おかげで、斧を生やしたままの腹はともかく、破裂した内臓がいくらか修復されていた。
「にじゅうにー」
エンの数える声がまだ続いている。敗北が決定するまで、残り四秒。
問題は、半端に起きようとしたら頭領に気付かれることだ。
今目を開いた一瞬で見た限り、奴の視線はこちらに向いていなかった。一気に起き上がれば、不意打ちできる。
何か使える武器が手近にあれば、と考えを巡らせる。
「にじゅうさーん」
流石に斧を抜くのは気が引けた。乱暴に引き抜けば傷口が開くし、かといって長く放置しても悪化するだろう。
速やかに勝負を決めて、一刻も早くちゃんとした手当をしなければならない。
ふと、思い出した。
――もしお邪魔でなければ、これを身に着けて行ってください。
そういえば今朝、ミスリアに渡された物があった。
闘いの途中で無くなっていなければまだあるはずだ。ゲズゥは首辺りをまさぐった。それは、期待通りにまだ首回りにあった。
「にじゅうよんー」
もう猶予は無い。
目を見開き、飛び上がり、握り締めた拳を振り上げる――と、滑らかな行動の連鎖を紡いだ。
客席を向いていた頭領が気配に気付き、目を丸くして振り向いた。
その左目に、ゲズゥは拳の中の物を刺した。ずぷ、と濡れた音がした。
「ぐああああああああああああ!」
苦痛に叫ぶ頭領を、ゲズゥは飛び掛った勢いで転倒させ、その上にのしかかった。
奴の目元から手を放し、両手で頭を挟むと、それを持ち上げては地に叩き付けた。
抵抗がなくなるまで――何度も、何度も、何度も。
やがて会場が静まり返る。
ひゅう、と誰かが口笛を吹いた。
顔を上げたら、ポケットに片手を突っ込んだ、物凄く楽しそうな顔のエンがいた。
そうしてカウントが始まった。
――今までの人生を顧みても、これほど長く感じた二十六秒は他に無い。
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