19.a.
2012 / 12 / 31 ( Mon )
 両の手のひらの上に乗った重みを確かめるように、棒状のそれを僅かに上へ投げては受け止めた。見た目以上に、ずっしりと重い。握り締め直し、構えた。
 木製の柄の先に斧を取り付けただけの簡素な戦斧だ。柄の部分は長いが、己の全身の身長にはまるで及ばない。とりあえずは軽く、何度か振り回してみた。普段あまり使わない筋肉が軋みを上げる。
 
 ――武器とは――
 過去に受け取った言葉が頭の中に浮かんだ。勿論一句漏らさずに聞き取ったものではなく、記憶に残った解釈ではあるが。
 ――使いこなせなければ、かえって害になり得る。先ずは慣れろ。体の延長、果ては体の一部のように認識するんだ。
 微かな懐かしさがこみ上げる。あの男から学んだことは多い。
 
「へぇ、様になってるじゃん」
 現実に、掠れているとも言えるような声がした途端、ゲズゥ・スディルは戦斧を振り回す手を休めた。奴はまたしても余程警戒していなければ気付けないほど、巧みに気配を消していた。
「まさかソレ使う気か? 頭に対抗して」
「……原理を確かめている」
 
「あー、そっちか。真面目っつーか勤勉でカッコいいな。どんな武器も身に付くのって才能だぜ。戦闘種族だからか?」
 声の主――ボサボサの黒髪に左頬の複雑な模様が印象的な男が、口元に薄い笑みを乗せて拍手した。布を巻かれた大きな板のような荷物を背負っている。
 ゲズゥは男から顔を背け、戦斧へと注意を戻した。
 
 夜明け前の山上は、薄明るくて少し肌寒い。
 本来なら山賊の朝は遅いのだろう――他に誰かが起きている気配は無い。
 この食堂スペースから見える空は灰色だったが、これから晴れそうな気がする。決闘を行う闘技場に天井は無いのだから都合がいい。
 
「これ、返すぜ」
 模様の男は背の大荷物を降ろした。見渡す限りの山々に現れた幾つかの影を見据えている。
 ゲズゥも風に乗った嫌な臭いと、聴き慣れた鳥の鳴き声に混じった不自然な鳴き声にすぐに気付いたが、対応に急がなかった。
 
「どうせ陽に当たれば霧散すんだから、わざわざ構ってやんなくてもいいかな」
 のんびりとした提言があった。
「準備運動代わり」
 男から大荷物を受け取ったゲズゥは、逆に戦斧を渡した。見たところ、模様の男は丸腰だ。男は戦斧を受け取ると、思案するようにその柄をトントンと肩に当てた。
 
「やっぱ真面目だな。じゃーオレも付き合うとするか」
 二人はそれぞれの武器を構えた。ゲズゥは模様の男と自然に背中を合わせた。
 見渡す限りの山と空に、冗談みたいな外観の化け物が複数邪魔をしている。豚と蛇と魚をごちゃ混ぜにして羽根を生やしたようなものだ。
 
 先に、模様の男が動いた。素手で戦っていた時よりもややスピードの劣る動きで、襲い来る魔物を払う。
 ゲズゥも一拍後に続いた。布を巻かれたままで大剣を振るうも、それ自体は大した妨げにならなかった。ほとんどが単独に真っ直ぐ向かってくるだけの雑魚に過ぎない。ゲズゥはあくまで準備運動と称すにふさわしい軽やかな動きで、呼吸に合わせて剣を薙ぎ払った。
 そうして数分としない内に、二人で敵を残らず討ち取った。軽く走った時と同じように息が上がり、全身の筋肉に心地よく血が巡る。
 
「模様の男」
 霧散するまでに再生しないように蠢く化け物を一匹踏みつけながら、背後に呼びかけた。すると目の端に奴が大袈裟に肩を落としたのが映った。
「その呼び方はねーよ。イトゥ=エンキが覚えにくいってんなら、特別にエンって呼んでもいいぜ」
 呆れた声が返ってきた。
 
 少しの間考えてから、ならばとゲズゥは再び口火を切った。
 
「エン――」
「やだよ」
「…………」
「引き受けらんねーな。悪いがオレは自分のことで精一杯なんだ、岸壁の教会まで一緒に行けてもそっから先は嬢ちゃんの面倒は見れねーよ。あの子を守るのはお前の役目だろ」
 
 まだ何一つ言っていないのに、模様の男――エンは、こちらの考えを総て見通していた。
 しかし岸壁の教会とやらまで辿り着けさえすれば、後は教会の援助でミスリアは旅を続けられるはずだ、とふと思った。
 
「守るのが役目、か」
「ん? 違ったんか?」
「――――いや」
 違わない、とまでは言わなかった。
 
 確かにミスリアには母の魂を解放してもらった恩があるが、それ以外に自分があの少女の盾になろうとする根底には自己の願いがあるのではないか、と最近疑問に思う。
 故郷もアレも満足に守れなかった自分が、運良く得た第二の人生で誰かを守ろうとしているなど滑稽だ。
 ゲズゥはそれ以上は何も言い出さずに剣の布を解き始めた。奴も言及しない。

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