16.b.
2012 / 09 / 28 ( Fri ) 「魔物に怯えなくていい世界ってさ、どうすれば実現できると思う?」
「怯えなくていい世界……ですか? カイルサィートさん」 「そう。本当は魔物の居ない世界が理想なんだけど、それは人類の歴史とこの世の仕組みを見る限りは不可能そうだから。あと、カイルでいいって前から言ってるんだけどな。敬称も要らないよ」 「すみません」 謝るミスリアに対して、カイルサィート・デューセは爽やかに笑いかけた。 初めて実践訓練で彼と同じ班になった時のことだ。対象の魔物を無事に倒し、浄化も終わったばかりで、全員が帰路に着いた。最後尾で二人並んで歩いていたら、話しかけられた。 同期の中でも幼かったミスリアは、当時十二歳。もともとあまり社交的と言えないミスリアは六つ年上の異性とは話が合うはずも無いと考え、それまで必要以上に口をきかなかったのだけれど。 「ミスリア、君はどう思う?」 カイルの琥珀色の瞳の後ろには理知的な光があった。 容姿や性格が特別目立たない彼は、聖気の扱いに秀でているか戦闘術に長けているということも無く、全ての聖典を網羅している風でもない。ゆえに他の同期生からは注目を浴びない。ところが実践訓練で一緒に組んでみてわかったが、彼はバランス良く何でもできるタイプだ。しかもどうやらかなり頭が良いらしい。 「そうですね。純粋に魔物の居ない世界が不可能だとすると……。『怯え』がポイントなら、『安心』できる世界を造れば良いと思います。いつどこに魔物が現れてもすぐに対応できるように結界や戦力が揃っていれば、人々は守られていることに安心するはずです」 「その考えには賛成。ただ問題は、教団が万年人手不足で魔物狩り師もあまり数が多くないことかな」 「確かに厳しいですね……」 「とりあえずは満たすべき条件を考えてみたんだけど、聞く?」 「はい」 「一つ目は、当然だけど、聖獣の復活。世界から完全に魔物を根絶やしにすることは不可能でも、数を大幅に減らす必要はある。 二つ目は、魔物がよく出現する場所と出現しそうな場所を常に把握すること。といっても出現しそうな場所なんて『瘴気が濃い』と『死人の魂が多く浮遊してる』場所以上に絞りようが無いけどね。それでもう一つ条件があるんだけど……これが可能かどうか、或いは正しいのかすら、僕にはわからない」 「何ですか?」 いつの間にか真剣にカイルの話に耳を傾けていた。 「それは――……」 _______ 回想から戻って、ミスリアは目の前の少年をもう一度まじまじと見つめた。 どうして忘れていたのだろう。カイルが語っていたのは彼自身の仮説でしかなかっただろうけど、現実的で明白な手段だった。去り際に口にしていた「思うところ」も、これに関連していたのかもしれない。 「私には何とも言えませんけれど……トリスティオさん、貴方が求める答えを、知っていそうな人になら心当たりがあります」 今のカイルなら、あれからもっと具体的な対策に辿り着いていたとしても何ら不思議は無い。 「いつか集落を離れる時があれば、聖人カイルサィート・デューセに会ってみてください」 「聖人……?」 訝しげに訊き返すトリスティオに、ミスリアは頷いた。 「わかり、ました……覚えて置くっす」 複雑そうな表情を浮かべている。昨日の今日で、無理も無い。 トリスティオはいつの間にか隣に来ていたゲズゥの姿を見上げ、深々と頭を下げた。 「気を付けて下さい。特に山奥に入ると山賊の縄張りっすから」 「注意します。お世話になりました」 無言の姿勢を貫くゲズゥの代わりに、ミスリアが礼を返した。 「や、こちらこそ」 もう一度互いに礼をして、そうしてあっさりと別れは済んだ。 去り行く少年の後姿を見届けてから、ミスリアは地面に膝を付いた。 失われた命の為に追悼の祈りを捧げ、皆の魂の安息を願った。 それが終わると、今度は自分の願いを心の内に唱えた。 (どうか、私に先へ進む勇気を下さい) ミスリアは聖獣か神々か、それとも亡くなった人間に願いかけていたのかもしれない。自分でもはっきりとはわからない。 隣を見やると、不安や恐怖とは無縁そうな青年が無表情に遠くを見ていた。 「行きましょうか」 ミスリアがぽそっと呟く。 返事の代わりに、ゲズゥは歩き出した。 |
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