03.e.
2011 / 12 / 28 ( Wed )
 すぐ近くに魔物が出現した以上、一箇所に留まるの危険だ。
 夜盗どもの出方を待つまでもなかった。

 咆哮からして最少でも四匹が近づいてきているとゲズゥは推測した。

 聖女は魔物の声が発生している方向を向いて呆けている。腰も抜かしたのか、今だに腕を掴まれたまま自力でしっかり立とうとしない。何を考えているのか表情から読めない。

 この場合、それはゲズゥにとってどうでもいいことだった。
 彼は躊躇なく少女を腰から引き寄せ、肩に担いで走り出し、その場をあとにした。

「きゃっ!?」
 遅れて我に返った聖女が小さく悲鳴を上げる。

 暴れようかつかまろうか決めかねているらしく、小さな手をばたばたさせてゲズゥの背中を上着の上から引っ掻いている。
 
 やっとうまくつかまって、聖女は大人しくなった。今の流れのどこかでヴェールが落ちたらしい。風に揉まれて柔らかい茶髪がゲズゥの顔や首に触れる。暖かい。

 背後ではなにやら叫び声が飛び交っているが、知ったことではなかった。
 いくら何でも一人で四匹以上の魔物を同時に相手にするのは困難だ。

 魔物があの夜盗ども五人を喰らおうとしている間にできるだけ遠くへ逃げるのが得策といえる。向こうには手負いも居て、全体の機動力が落ちている。ちょうどいい時間止めになるはずだ。
 ゲズゥの即座の判断が人道から外れていようと、誰にも彼を責められまい。

 聖女も、黙っていた。
 それでいい。喚かれたって気が散るだけだ。

「ひっ」
 唐突に、聖女が鋭く息を呑んだ。

 後ろを向いている彼女に見えたモノが、ゲズゥにはおぞましい気配として届いた。
 気配の主は二人の頭上を通り過ぎ、そして前方の岩に着地した。

 全身から青白い揺らめきが立ち上っているのが、夜の闇には異様な光景だった。

 人に似て脚が二本あり、膝関節も、胴体の長さも、首も顔も、二つの眼と一つの鼻と二つの耳も、人間と構造が似通って見える。ただし、長く尖った耳まで口が裂け、長さの揃わない牙が何本も生えている点が明らかに違う。
 
 腕の代わりにコウモリのような、膜の張った羽を持っている。ゲズゥは足が速いが、飛ぶ敵になら追いつかれても納得できた。

 尻から伸びる長い尾が何故か己の長い首に巻きついている。
 人間の拳より大きな丸い玉がついてるような尾の先が、にゅるりと前へ伸びてきた。

 尾の先に人面がいくつも現れ、それらはくるくると変動し続けている。何度顔が溶けてまた形作られても、いずれの顔も苦しげに表情を歪めている。叫ぼうとしているようだが声が出ていない。

 ニィ、と魔物が白目をむいて笑う。翼を広げている。
 長い足の爪を向き出しにして飛び掛ってくる。その動きは、猛禽類のようだった。

 ゲズゥは曲刀を構えた。

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