03.a.
2011 / 12 / 25 ( Sun )
 全身白装束の少女が物思いに耽ってうろうろ歩き回る様を、ゲズゥは地面に座って眺めていた。彼は首都の外へと続く一本道の脇の茂みに、膝を立ててくつろいでいる。手枷が外され、上着とズボンもそのままもらった。他には何も無い。シャツを着てないので胸板はあらわなままで、裸足、そして見事に手ぶらだ。これから長旅をする以上、身軽なのはいいが、少なくとも丸腰は早いうちに改善しないといけないだろう。靴も望ましい。

 殴られた箇所や傷は、聖女の力で跡形もなく消えている。頭の裏にできていたはずのこぶに触れるが、何も変なところはない。むしろ牢獄生活で首の根元まで長く伸びすぎていた髪の方が気になる。

 晴れ渡った空を見上げれば、太陽が傾いていた。もうすぐ日が暮れる時刻に達する。

 解放されてから二人でずっと歩き続け、人目のつかないような小道を選んで、なんとか首都の周辺近くまで来たのである。

 聖女に関しては、見た目のか弱さから体力も無いのではないかと気がかりだったが、並みの少女よりちょっと下程度でまだよかった。走ったり激しい運動はできなそうだが、歩き慣れているようだ。何度か休憩しつつ、まだ音を上げてない。

 それでも、このペースで五日は間に合うかどうかあやしい。ゲズゥだったら昼夜ほとんど休まずに走れば二日もいらない。最悪、担いででも国境を越えることになるだろう。馬さえあれば楽だが、残念ながらシャスヴォル国首都では一般市民の乗馬が許されておらず、軍馬か荷台を引く馬しかない。馬車もない。

 当面の問題は、今夜の宿をどうするか、である。
 その重大さに気づき、歩きながら聖女が考え込んでいたが、結局いい案が思いつかずもうこんなところまで来た。

 もとよりゲズゥにとっては予想の範囲内だ。むしろそれに気づかなかった聖女の方が考えが甘いということか。

 二人は今まで、それぞれ世界のまったく別の部分で生活していたのだ。聖女を迎え入れるような場所に当然ゲズゥは入れず、またゲズゥが簡単に入れる場所からは聖女が弾き出される。

 聖女ミスリアは道中、教会や医療施設や養護施設で泊めてもらっていたらしい。賃金のかわりに、慰問をしたというわけだ。

 今度はそうは行かない。穢れにまみれた罪人を連れている以上は。

 かといって普通のホテルも駄目だ。この国での「天下の大罪人」と「呪いの眼」の知名度は高い。簡単に泊めてくれる宿が見つかるはずも無かった。

「いっそ、野宿……?」
 足を止めて、ポツリと聖女が呟いた。

 それまで彼女が何をひとりごちても放置してきたゲズゥが、ようやく口を挟んだ。
「もう首都の外れだ」

 くるりと聖女が振り返った。レースで縁取られた白いヴェールが、ふわりと宙に舞う。
「わかっています。首都というものは、教会の配置によってできる結界が守っていますから。そこから出れば、私たちは魔物に襲われる」

 それは教団がアルシュント大陸にある十八カ国すべてに平等に与えたものだ。それぞれの国の首都はそうやって魔物から守られ、夜でも民が出歩けるようになっている。
 教団との関係次第で他の都市にも設置してもらえるが、いかんせんシャスヴォルは首都以外に結界が無い。

 夜を出歩くならば魔物を退けるか退治するかぐらいの技量が必要になる。

 武器さえあれば、気にならないのだが。
 国家元首こと総統が居る首都では迂闊に買い物ができなかった。奴の監視下だと、何かしかけられそうだ。五日のうちに国から出られなかったら討伐隊を送るとは言っていたが、それまでに他の形で妨害されないとは限らない。

「寝なければいい」
「え? どういう意味ですか?」
「屋外で寝てれば食われるが、起きてれば逃げられる」
「それは……ものすごく大変なことでは……」

 聖女は困惑気味に口ごもった。
 一晩中、魔物から逃げ回れというのは、確かに酷かもしれない。

 だが、難しいだけで不可能ではない。朝になれば魔物は一旦霧散する。夜になれば再度形づくられる。そのサイクルに乗じて、むしろ昼のうちに寝るのも戦略だった。ゲズゥは今までに何度も何度もやっている。
 
「首都の結界の中に残って、夜をやり過ごすのは……」
 宿が無いので、ギリギリ結界の中で野宿しようということだ。けど人目につかない場所は限られている。聖女もそれは理解しているだろう。言い出しておいてあまり乗り気じゃない。

「時間がもったいない」
「そう、ですね……」

 はっきりと「私には無理です!」と抗議してこない点を、立派か強がりかと評すべきか。聖女がゲズゥのような体力の持ち主であるはずがないのに、まだそれを主張していない。普通の人間ならば普通に寝たいはず。そうでなくとも魔物を怖がるはず。

 ふぅ、とため息をついてから、聖女が真っ直ぐゲズゥを見据えた。

「私には、土地勘も無ければこの国の夜を経験したこともありません。来た時は違う道でしたし、案内役がいましたもの。あなたがこうするべきだと自信を持って勧めるなら、私はあなたの判断に従います」

 聖女は自分には決断するための材料が足りないからと、それをゲズゥに委ねるという。
 もっと頑固そうな最初の印象が、改められる。
 
 実は、ゲズゥだって何年かシャスヴォルに住んでいないわけだが、大体の土地勘は残っている。

 首都は国の中心からちょっと北へずれた位置にある。
 この道をさらに北西へ進み続ければ街から出て、丘が広がる。その後に農地が延々と続き、農地を抜ければ大きな林がある。林の中の河が国境だ。
 
 ゲズゥは一度頷いて立ち上がり、そして念を押した。

「必要になったら担ぐぞ」
「お願いします」
 十代半ばにしか見えない少女は微笑んだだけだった。

 思春期前後だろうにその歳でご苦労なことだな、と妙な感想を抱いた。

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