65.d.
2016 / 12 / 21 ( Wed )
「さっきと言ってることが噛み合わないけど。この期に及んで、期待を持たせておいて裏切ったりしないよね」
『持たせるも裏切るも何も、賭けは賭けだ。我は結末に関与できない』
「ふうん。条件は?」
 刹那、六つの瞳が煌めいた。
 翼を広げて、聖獣がゲズゥの眼前に再度降り立つ。

『大陸を一周し終えるまでに、汝と聖女が再び出逢えるか否か。もしも巡り逢えたなら、汝の勝ちだ。聖女は生身で還る。逢えなかったなら……穢れし愚か者、我が守護者となれ』
「はぁ? なんで兄さんが聖獣に仕えなきゃなんないの。君も、穢れてるとか散々言っといて傍に置きたいなんて、頭おかしいんじゃないの」

『穢れているからこそ面白かろう。死せる日まで我を憎み続けていられるかどうか、試してみるが良い』
 などと奴は言うが、試すまでもないとゲズゥには内心断言できた。
「……逢えなかった場合、ミスリアはどうなる」
『そうさな。肉体どころか魂ですら二度と汝の前に形を成すことはなかろうよ』
 聖獣が首を捻って伸びをした。『疾く、決めよ』

「わかった」
 剣を収めた。聖獣の提案はほとんど理解の範疇を越えていたが、この際詳細を知らなくてもいいだろう。可能性があるなら飛びつく、今はそれだけでよかった。
 隣でリーデンが深くため息を吐くのが聞こえた。

『乗れ』
 異形が巨体を翻し、背を向けてくる。尾から上がるにはかなり傾斜が厳しいが、水晶の突起を使って、なんとか登り切った。
 登ってみて初めてこの鬣も無い背中の広さを思い知らされる。横にゲズゥが十人ほど並んで乗れるとするなら、前後に何十人と詰められそうだ。

 戦慄した。次いで、胃の中身がヒュッと持ち上がった。倒れ込む寸前、波打つ肢体に慌ててしがみつく。
 息を呑み込んだ一瞬の間に景色が一変した。白い地面があっという間に遠ざかってゆく。

「いってらっしゃいー!」
 地上に残ったリーデンが叫んだのがかろうじて聴き取れるも、その姿はとっくに見失っている。
 ――人類を救いうる神々の御使いが、こんな性悪だったとはね。気を付けて。
 ――所詮、神話など当てにならない。

 落ち着いて交わせた会話はそれだけで、その後は、恐ろしく加速した聖獣に振り落されないように必死だった。
 しばらくして、目を瞑った。雪か空か、はたまた聖獣が発する光で目がやられてしまったのかは定かではないが、視界のあまりの白さに頭痛がした。

 妙だ。寒風が容赦なく身体を叩く一方で、腹に密着している水晶のことごとくからは、謎の温かさが伝わってくる。こんな異様な存在に血が通っているとでも言うのか――
 段々と思考力が低下していくのを感じた。頭痛の先に眠気があり、その先には浮遊感。

 頭の奥深いところが薄っすらと熱を帯びて、何かが融けるようだった。
 ゲズゥの人生経験の中では、この感覚は麻薬の類を服用した時に近い。しかし、あくまで似て非なるものだ。
 何時、意識を手放したのか。そうでなければ何時、夢現の区別が付かなくなったのかは――わからない。

_______

 おそろしいか、と背の高い男が問うた。なにが、と自分は訊き返した。
 三十代半ばぐらいの男は高身長に加えて体格も良く、顔が厳つい。首が痛くなるまでにその男を真っ直ぐと見上げた。別段この男は、恐ろしくなかった。

「俺が今何をしたか見えていたか。ゲズゥ」
 男は地に横たわる人影を差して、更に問いかける。
「……けんをぶつけたら、こわれた」
 どこか要領を得ない話し方だが、自分はありのままに答えた、つもりだった。

「流石にちゃんと見えていたか。だがこれは『壊れた』んじゃない」
 湾曲した大剣を地に突き刺して、男は膝を折った。男の肩に羽を休めていたらしい赤茶色の鷹が、バサバサとうるさく飛び立つ。
 散った羽根の一枚を目で追った。その過程で覚める。

 ――過去の残影だ。
 父親の容姿など長らく思い出していないが、この左右非対称の目を見つめるだけで、記憶が呼び覚まされる。

拍手[4回]

テーマ:<%topentry_thread_title> - ジャンル:<%topentry_community_janrename>

13:37:48 | 小説 | コメント(0) | page top↑
<<65.e. | ホーム | ハッ ブログ五周年だった>>
コメント
コメントの投稿













トラックバック
トラックバックURL

前ページ| ホーム |次ページ