63.h.
2016 / 10 / 28 ( Fri ) 片手で背中をさすってやり、残る片手で思いっきり抱き締める。加減を誤ったのか、嗚咽が一瞬で呻き声に変わった。すぐに力を緩めた。 嗚咽の間隔が長くなり、やがてはすすり泣きになる。「せめて距離を置いて、あわよくば、き、嫌われてしまえば……別れも楽になるかなって、考えて」 「…………なるほど」 今更その程度のことで嫌えるものでもない、とは口に出さず。 「でも、辛かったんです。後腐れなく別れる為なら……その方が誰も傷付かなくなるって、頭ではわかっているつもりでも、寂しかったんです。ごめんなさい……何をやっても、半端で……ごめんなさい」 ――痛ましい。 それは同情を超えて、共感だった。自分の元の心情など隅に押しやられ、とにかく胸が痛い。 「謝らなくていい。お前を、責める気は無い」 泣き止んで欲しい一心でそう言った。実際にはゲズゥの中で並々ならぬ怒りが育っていたが、今それを前面に押し出すのは得策ではない。 こちらの胸の上で突っ伏したままの少女は、いやいやをするように頭を振った。涙で濡れた衣服が擦れて、なんとも言えない感触が続く。 その重圧がふと消えた。ミスリアが顔を上げたからである。 ひどい顔だ。額に髪が張り付き、眼球には赤い筋が浮かび上がり、頬は涙に濡れて、そして唇はいつの間にか噛んでいたのか血が滲み出ていた。 「終わりがもっと苦しくてもいいから、私は!」 瞬時に心臓を鷲掴みにされたと錯覚した。そんな眼差しと泣き顔だった。 「最期の瞬間まで一緒に居たい……!」 「――――」 息を呑むしかなかった。 いよいよ我が身が真っ二つに裂かれたのかと思った。 辛い。 などの一言で表せないほどに、痛い。肌を直に通して伝わる嘆きが、脳を揺さぶった。 激しい葛藤が巡っていく。自我というモノが分裂しそうだ。 唐突に思い出す、喪失感。村が燃やされ家族をほとんど喪ったと理解した時の、あの虚無感が鮮明に蘇った。 あれがまた来る。この小さな重みを手放したら間違いなくあれをまた味わうことになる。 考えるより先に、やはり抱き締める腕に力が篭もった。 引き返そう、と提案できたなら。たとえ今までに培ってきた経験を、乗り越えてきた苦難を、全否定するような「逃げ」になるとしても。 ミスリアの憂いを取り除いてやりたい。自らもまた、悲しい未来を避けたかった、が。 取引、約束、大願――決して蔑ろにできない、それらはどうなる。 どうするのが正解か。頭が、爆発しそうだ。 潤んだ茶色の双眸から新しく涙が零れる。思わず人差し指で、拭ってやった。 「ああ、それでいい」 自嘲気味な笑いを堪え、珍しく、ゲズゥは意図して表情を殺す。 「最後の瞬間まで、一緒に居よう」 「……ありがとうございます」 やっと少しだけ笑ってから、ミスリアの体から力が抜けていく。 ゲズゥの視線は壁際の炎へと移った。揺れる色合いを眺めていると、ざわついた気持ちが癒されるからだ。それでも思考は煩く巡り続けている。 何故、こんな想いをしなければならないのだろう。 ゲズゥの腹の底に渦巻く毒念は、憎悪と連なっていた。 ――「お前は」責めない、と確かに言った。その言葉を違えるつもりは無い。 ならば喰らう相手を見つけるまでのことだ。 毒蛇は、標的を求めんとして首をもたげる――。 _______ おそらくですが、63はあと2、3記事で終わります。 |
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