61.a.
2016 / 08 / 15 ( Mon )
 大陸の最北部は、冬の訪れが早い。
 ミスリアの知る暦の上ではまだ秋なのに、辺りは既に今年初の積雪を経ている。数インチではなくフィート(十二インチ、約30.5cm)単位の分厚さの雪は、常緑針葉樹林の床に繁茂する苔に重く圧し掛かっていることだろう。

 寒々しい向かい風が、乾いて赤みを帯びたミスリアの頬をチリチリと掠って行った。
 樹林と樹林の間を抜けると毎度こうなのである。この地帯の針葉樹は細長く伸びて群体となって密集しているため、中に居る間は風の勢いが削がれるが、その分、開けた場所を通るのが苦難であった。

 一行を乗せた屋根付きソリは筋骨が盛り上がった逞しい馬四頭に引かれて、広大な大自然を横切っていく。
 これから先も赤茶や緑よりも白の度合いが増す一方だと思うと、心中は複雑だった。

 昼夜の割合が何よりも気がかりだ。ヒューラカナンテの冬でも昼が短く夜が長かったが、極北の冬は更にそれが顕著だと言う。気温と過ごしやすさの問題はさておき、太陽の恩恵を受けられる時間が短いのは――反比例して魔物と遭遇する機会が多いということだ。

「豪雪地帯、恐るべし。なんにもないですね~」
 深刻な物思いに耽るミスリアをよそに、気が抜けるような呑気な感想が前方からもたらされた。たった今、鼻声で喋った男性を見上げて応じる。
「平和が一番だと思いますよ」

「ぞうでずげど」
 ずびっ、と鼻水をすする音。ソリの最前列に座る男性は、ハンカチで一度鼻をかんでから再びこちらを振り返った。
「あまりに何も無いと、逆に不安になりませんか? もう教団を経ってから三週間は経つのに、最初に小さな集落を幾つか通った以降は……現地人と遭遇しないどころか野営地の跡地にも当たらないなんて」
「それだけ広大な地で、人口密度が低いってことでは」

「どうでしょうね~」
「私も気になるな」
 男性の隣で馬の手綱を握っている剛腕の女性が、振り返らずに言った。灰色のニット帽を被った男性と違い、彼女は狐の毛に縁取られたフードを被っている。その所為で声はくぐもってこちらに届くのだが、それでも難なく聴き取れるほどに、力強い喋り方であった。

「あの……今更かもしれませんけど……組織からの同行者が貴方がただったのは驚きました。まさか私の護衛を引き受けてくれるなんて、夢にも思いませんでしたよ」
 不快感を隠し切れずに正直に話すと、フォルトへ・ブリュガンドという名の男性が、ふへへへ、と声に出して笑った。
「前に言ったじゃないですか~、自分は聖女ミスリア応援してますって。この話が来た時は、断ろうなんて微塵も考えませんでしたよぉ」
 好意的に答えた部下に対し、上司のユシュハ・ダーシェンという女性は平坦に言った。

「ケデクさま直々の命令だ、従うに決まっている。仕事に私情を挟んだりしない」
「その『ケデク』とは?」
「ほらぁ。聖女ミスリアもお会いしたはずです。全身を隠した怪しい感じのお方ですよぉ」
 瞬間、フォルトへの横腹にユシュハの肘が素早い打撃を与えた。ぐえっ、との呻き声が続く。

「不敬だぞ、弁えろ」
「え~、だって怪しいですもん。自分も初めて間近で見た時は、どんな不審者が入り込んだのかと思いました」
 部下の言い分を無視して、ユシュハがひとりでに話を続けた。

「組織ジュリノイの最高権力者は十一人居る。彼らは全員、黒い十一芒星(ウンデカグラム)を象ったブローチを身に着けていて、それぞれひとつだけ角が紫色になっているんだ」
「ケデクってのは、旧い言語で『頂点』って意味ですからね~。十一芒星の角を指して、頂点(ケデク)さまと呼ぶんです」

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