53.e.
2016 / 02 / 22 ( Mon )
「気付いた時点で僕は兄さんに『なんか注目集まりそうなことして』って頼んだワケ」
 得意げなリーデンに毒気を抜かれたのか、髪をかき上げて、青年はため息を吐いた。
「彼女の人となりは以前から噂で聞き及んでいましたので。噂にあった護衛の姿が無かったのは引っ掛かりましたが、それなら尚のこと『やれそうだな』と判断しました」
 所々要点をぼかしている所為で青年の話は要領を得ない。ミスリアはこの騒動の首謀者らしき彼を見据えた。

「貴方がたの組織とは話を付けたつもりでいたのですが」
「具体的にはどういうことです?」
 青年の問いに対し、ミスリアは一から説明をした。ゲズゥが立てさせられた「不殺」の誓いと――その代わりに旅が終わるまでは組織側からは「関与しない」との約束をもらったこと。

「そんな話は初耳ですね」
 青年が顎に手を当てて考え込む。他の三人もまるで心当たりが無さそうに疑問符を飛ばしている。
「君たちが下っ端すぎて知らされてないだけでしょ」
 リーデンが小ばかにするように上目遣いに笑った。

「てめぇ、ケンカ売ってんのか!」
 少女が早速がなる。間髪入れずに中庭の他の人々から非難の視線が集まってきた。それを意識する風に、リーデンがスッと立ち上がる。
「そうだねぇ。今なら九割引でお安くするよ。お買い得だよ、お嬢さん」
 憤慨する少女に対して、投げキス。少女に続いて二人の少年も剣呑な表情になる。
 火に油を注ぐのが好きな絶世の美青年を、止めようとは思わなかった。相手が違えば諌める気も起きただろうに、元より組織に対する好感度はあまり高くない。

「挑発にいちいち食ってかかるな! 口先で敵わないなら黙っていなさい」
 青年が腕を挙げて仲間を制した。
「とにかく、お引き取り下さい」
 ミスリアは仁王立ちになって相対する。

「その前に一つお聞きしたい。その取引をした成員の名は、なんでしたか?」
「女性の方は、ゆ――……えっと、家名はダーシェンだったと思います。男性は確か、フォルトへ、と名乗りました」
 必死に記憶を探ってあの二人組の詳細を引き起こした。彼らの外見や使用していた武器なども伝える。

「フォルトへ・ブリュガンドですか。なんと」
 面貌に明らかな狼狽を出して、青年が訊き返す。
「なんだよー。知ってるヤツかぁ?」
 少年の一人が退屈そうに伸びをしている。青年は眉を吊り上げてまくし立てた。

「当然だ。ダーシェンなどどこにでもいる野蛮な大女に過ぎないが、その相方は違う。ダーシェンに拾われる以前は荒事と無縁な生活をしていたどころか、運動すらろくにしていなかったという。それが短期間で着実に力を付けて、今では成員の中で上位の実力者になった。潜在能力では他の追随を許さない、尊敬に値すべき逸材だ」

「そ、そうだったんですか」
 ミスリアは返答に詰まった。そういえばフォルトへ自身が、上司に出逢ってから職種が劇的に変わったことを語っていた気もするけれど、一度や二度会ったきりだったので詳しくは憶えていない。ここまで評価されている人だったとは知る由も無い。

「彼の名に免じて引くとしましょう。また、いずれ」
 往生際が良く、青年が背を向ける。少女は渋々と彼に従い、残る少年たち二人も大きな青目をきょろきょろさせながらも、足を動かす。
「できれば二度と現れないで下さい」
 強めの語気でミスリアは応えた。

「なあなあ」ふと、少年たちが肩から振り返った。「なんか勘違いしてるみたいだけど、おれたち別に悪人狩りが目的であんたらに近付いたんじゃねーよ? 指名手配犯の中でもトップランクのヤツを、おれたちだけでこっそりヤれるかどうか試したかったんだぜ」
「度胸試しってゆーか、腕試しってゆーか、ね」
 少年二人が代わる代わる補足した。

 刹那、ミスリアの胸奥で警告が鳴り響いた。この感覚は、まるで「混じり物」の双子に感じた気味の悪さに似ている。無邪気さと残忍さがない交ぜになった彼らの歪(いびつ)な道徳観――
 しかし何も声に出せない内に、四人は去っていた。

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