50.h.
2015 / 11 / 23 ( Mon )
 化け物を取り囲む人々の輪だ。ゲズゥはその意味について考え込んだ。
 立ち上がり、いつしか眠そうに目を擦っているミスリアに手を差し伸べた。

「もう少し起きていられそうか」
「え……何かありましたか?」
「リーデンらが大将を鎮圧できたらしい。お前は、見届けるべきだ」
 しばしの間があった。聖女ミスリアは、ゆっくりと何度か瞬いた。

「わかりました。頑張って起きています」
 ミスリアが立ち上がった途端、華奢な肩から粉のようなものがひらりと空に舞った。「それは?」とゲズゥは目配りで問う。
「水晶が崩れたんです。内包されていた聖気を一度に使い切ってしまうと、こうなるみたいですね。数百年分の風化もありますし、仕方が無いのでしょう」
 そう答えた声は、言っていることとは裏腹にいつもより落ち込んでいた。

「ルフナマーリの沼で見つけた水晶も同じく塵になってしまったみたいです」
「また見つけるしかないな」
「はい……」
 そこで二人は話を切り上げる。
 ミスリアを抱えて走り出す寸前、なんとなくゲズゥは空を見上げた。月の輝きを背負って佇む山羊が何頭か並んで、崖上からこちらを真っ直ぐに見下ろしている。
 よくわからない奴らだ、端的な感想だけに留めて、ゲズゥはその場を後にした。


 やがて辿り着いた巣窟の奥深くで奇妙な場に居合わせた。どういう展開なのか――見知らぬ女が剣を胸に生やして、こと切れている。ボロ雑巾みたいな衣類に、相当に汚れた髪や身体。身だしなみをピシッと統一させたカルロンギィの民とは一線を画した風貌である。

 ――此処に来る途中で疲弊した女どもを連れて里に戻る人々を目撃したが、まだ救出されていない者が居たのか?
 しかし女は醜い異形のモノと人だかりとの間に横たわっている。見た目の印象から、異形を人間たちから庇ったのではないかと疑う。

「あ、聖女さん、兄さん。はいはーい、みんな道開けてあげてー」
 リーデンの一声で民衆がきれいに二つに分かたれた。
 ミスリアを下ろしてから即席で作られた道を大股で進む。
「何があった」
 異形に警戒しつつも、訊ねた。答えたのは近くに立っていたオルトだった。

「親による子の断罪を、牢に居た女の一人が邪魔したのさ。女はどうやらあの男の思想への賛同者だったようだ。ヤン・ナラッサナも複雑だろうな。正常な世ならばそいつは孫の母親で、その者を手にかけたのだからな」
 オルトの言動に対し、ゲズゥは顔を顰めた。では、研究室にて蠢いていた気色悪い生命体も孫になるのか。あまり気分の良い血縁関係とは思えない。ヤン・ナラッサナという女に多少なりとも同情を抱いた。
 ふとミスリアの動向に気を配ってみると、小さな聖女は胴体と首しかない年若い「混じり物」たちの傍でしゃがみ込んでいた。

「後悔……してない。死んでる……みたいに生きた……里より、ヤンのところは、ずっと楽しかった。違う自分に、変身できた。ジェルーチも、同じ、きもち……だった」
 胴体は、うわ言のように呟いた。独り言であったが、面前に居る話を聞いてくれそうな相手を意識しているようにも見えた。双子の首を抱き抱えたまま、チラチラとミスリアを気にしている。「なんで……泣いて、るの…………」

「わからないからです」
 ミスリアは涙声で静かに答えた。
「貴方がたは間違っている。自分が辛い想いをしたからって、他の人の想いを踏みにじっていい訳にはならない。でも、だったら私は道を踏み外す前の貴方たちに何か言えたのか、何かしてあげられたのかと想像しても……わからないんです……!」
 胴体だけの少年は、大人しく静聴している。

「その苦しみを和らげることはきっと私にはできなかった! その方の元で得られたような満足感は、与えてやれなかった! 今ここでも、どうもしてあげられないんです。摂理を外した貴方がたは、生きて、償う時間すら許されないのでしょうか」
「せつり?」
「私のしたことは、余計だったのでしょうか……」
 ミスリアは力なく項垂れた。その背後で、ゲズゥはリーデンと顔を見合わせた。

「償う時間すら許されない、か。魔物と違って自我があるだけに厄介だね。向き合い方がわからないもんね」
 南の共通語でリーデンが言った。慰めるように、小さな肩に手をのせた。
「なかないで」
 意外なことにジェルーゾも慰める言葉を口にした。多分、聖女が何を悲しんでいるのか、その悲痛な叫びの意味をわかっていないのだろう。ただなんとなく、自分の為に涙を流しているのだと感じ取っているだけだ。

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