49.c.
2015 / 10 / 24 ( Sat ) 蛙が呻いているような潰れた音だった。大音量なため耳を覆ったが、聴き取れるだけの言葉は成されていない。 (普通の魔物か) ミスリアは少なからず安堵した。結界は正常に作動しているし、攻撃が中まで届いたりはしないはずだ。現に、異形のモノは幾度となくその爪を視えない壁にぶつけていた。 諦めてくれるまで待つのも一手だろう。しかし、度重なる衝突は激しさを増すばかりである。こちらの集中力が途切れても困る。 アミュレットを手に取り、ミスリアは浄化を始めんと聖気を展開する。 ところが、突如として飛竜が離れた。全体に比べてアンバランスに大きい頭部を仰け反らせ、また何か声を発して、滑空した。 『……ない……逃が…………さ、な……』 ――途切れ途切れとはいえ、まごうことなき共通語! 驚愕した。そして次の瞬間、その驚愕は倍となっていた。 異形の姿はミスリアの視界の下端から抜け出て消えたのである。 「ぐっ!」 お尻や脚に、振動が伝わった。かと思えば、胃が持ち上がるような感覚が襲った。 反射的に、枝でも石でも何でもいいから谷に連なる取っ掛かりを求めて――後ろ手で探った。ずり落ちること数秒、ようやく左手一つで小さな木の根からぶら下がる形に落ち着いた。その時点では既に結界は消えていた。 (嘘。私の周りに干渉できないからって、足場を崩したの!? そんな知能、魔物に備わっているわけない) 自然と導き出される答えは、混じり物が既に割れている三人の他にも居たと言うことを意味する。つくづく、後手に回ってしまったものだ。 (どうすればいい!?) パニックで頭が巡らない。迫り来る危機を前にして、目を瞠ることしかできない。 ――若い女を集めているのが本当ならば、無傷で捕えようとするのではないか。 縋れる希望は、そればかりだ。 竜はまた衝突してきた。 ミスリアの喉から短い悲鳴が漏れる。腹部に走る痛みは、呼吸を奪った。 自分の意思とは無関係に、竜の背中に前のめりにもたれかかった。視界がチカチカする。咳き込みながらも瞳に涙が溜まった。こうして絶望の底まで連れ去られるのかと危惧したら、その予想は外れた。 喜ばしい外れ方では無かった。竜はミスリアを背負って飛び去ろうとはせずに、高度を引き上げ、新たに加わった荷物をいとも容易く放り投げた。 「――――っ!」 窓のあった場所よりも更に恐ろしく高い位置にて、谷に激突した。幸か不幸か、落下は免れる。たまたまそこに突き出た岩があり、ミスリア一人が横になる程度の幅があったからだ。 かき混ぜられた思考、遠ざかる意識。脳震盪を起こしたのかもしれない。 そんな中、脈絡もなく疑問が舞い降りた。 (そういえば……聖地って……) 近付いていた時は気配がしたのに、巣窟に着いた後はそれがわからなくなったのだ。魔性のモノたちの穢れや瘴気が混ざったからだろう。 (ど、こ……だろう……) ゆっくりと瞼が下りる。 疑問の答えは、すぐ傍にあった。 _______ |
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