49.a.
2015 / 10 / 13 ( Tue )
 全身を幾重もの衣で覆った十人ほどの人間が、闇の中を走っていた。数人が持つ小枝のみを松明とした、隠密に徹した一行だ。
 元々身軽でしなやかな動きを特徴としていたのだろう、その進みは流れるように速く、滞りなかった。衣服を着込んでいるというのに、帯をこまめに絞めているためか、はためく音はほとんどしない。しかも意図して足音を殺している走り方である。

 迷いなく洞窟の中を走り抜ける姿には一本の芯が、使命感が通っているのがわかる。
 ただし、集団が今しがた走り抜けた空間――その遥か上に空洞があり、直径五フィートほどの外と通じる窓があることを、彼女らは知らない。


 窓を囲む人影は三人。内、フードを目深に被った男が静かながらも力強い声を発した。

「牢があるという事実。それは、たとえ短くても攫われた女たちが生かされている期間があることを示唆する。連中の目的は、女を取り返すことだったか」
「でもこのままでは、『混じり物』の少年たちにはち合ってしまいます。無事で済むとは思えません」

「だから?」
「彼らを守りましょうとまでは言いませんけど、できれば傍観以上の手助けをしませんか」
 ミスリアが食い下がると、オルトファキテ王子はフッと鼻で笑った。
「最初からそのつもりだ。でなければ此処まで足を運んだりしない」
「そうですよね、よかった。では二人とも気をつけて――」

「それでいいのか」
 送り出す挨拶を、ゲズゥが遮った。黒曜石を思わせる右目と前髪の間から除く白い目が、じっとこちらを向いている。
「?」
「俺は、お前の護衛だ」
 不用意に離れても良いのかと暗に問うているらしい。ミスリアは軽く笑って答えた。
「大丈夫です。私はここから絶対に動きませんし、危険を感じたらすぐに逃げますから」
「…………」
 ゲズゥはまだ何か言いたそうに眉を寄せる。その傍らで王子が話を進めていったため、やがて視線は逸らされた。

「ざっと見下ろしただけではわからんが、男に見える体格を持つ者も居たな。私ならうまく紛れ込めるかもしれん。飛び抜けて背の高いゲズゥではその役割は無理だ、二手に別れるぞ」
「わかった。お前は牢で、俺は研究所とやらに向かう」
「ああ。この窓から下りよう」
 早速王子が窓の縁に手をかけると、その背後からゲズゥが名を呼んで引き止めた。

「敵の大将に会ったらどうする気だ。殺すのか、利用するのか」
 それを聴いてミスリアは小さく息を飲み込んだ。そういえば王子はこれまでに一度も、ハッキリとどういう決断を取るのかを口にしていない。
「いい質問だ」
 振り返りざまに王子はニヤリと口角を吊り上げる。まさかとは思うけれど、懐柔したいと企んでいる可能性が――その疑惑を、彼は次の返答で払拭した。

「私は未知なる領域に手を出す挑戦心には共感するが、御(ぎょ)せない力を追い続ける愚かさは評価しない。ゆえに、その男に会えたら、葬り去るさ」

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