48.c.
2015 / 09 / 15 ( Tue )
(よくもまあ、そこまで勝手なイメージを膨らませてくれるよね)
 求めているのは高い統率力でも戦闘力でもなく、都合の良い英雄像に当てはまるような「タイミング良く現れた人間」。そこに呪いの眼のような限定された身体的特徴がついてくると、更に信憑性が跳ね上がる。

「そういうことだったら、ほどほどに期待してればいいよー」
 信者たちににっこり笑いかけた後、出て行くように手の動きで促した。連中は無言で従った。
 国全体が幻想に惑わされているならそれはそれでおめでたい話だが、どうもそんな気がしない。都合の良い英雄像の実用性とは何か? おそらく、世論を操作する為であろう。

 ――何故、世論を操る必要があるのか。誰に、その必要があるのか。
 やはり真相は大してややこしくないはずだ、とリーデンには予感がしていた。

『毒見しようか?』
 誰も居なくなった後、イマリナがワインを見やりながら提案してきた。
『んー、やめといて。マリちゃんが変なモノに当たるのも嫌だし』
 ゴブレットを手放し、リーデンは手話で返事をした。声に出して返答しても良かったが、外の見張りに南の言語を解する人間がいるかもしれない。

(……にしても、あの矢筒。弓矢とかクロスボゥよりも、もっと小型の武器っぽかった)
 ヤン・ナラッサナ以外にも同じ装備をつけている人間が居たことに、リーデンはしっかり気付いていた。
(谷底で王子とやらが負った傷と僕らが受けた攻撃は同系統……ううん、まったく同じ物)
 渓谷に運ばれた経緯について、今一度思い返してみた。

 一応兄やイマリナにも問い質してみたが、やはり全員が全員、敵と遭遇して攫われるまでの記憶が曖昧だそうだ。四人も居れば一人くらいは殴打の痕があってもいいのに、それらしい痕跡が無いのもおかしい。
 ほとんど音を立てずに死角から攻撃できて、なお傷跡も残りにくい武器――

(もしかすると吹き矢か針かな)
 先に塗られたのは、即効性で対象の意識を奪い、やがて時間差で麻痺をもたらす毒。男女の扱いの差を考慮すると、ミスリアやイマリナには解毒剤がいつの間にか与えられたのかもしれない。

 常人よりは毒への耐性を鍛えてきたリーデンには、麻痺の効果が現れるのが遅れているのだろう。不審に思って、連中は別の毒を盛った飲み物を持ってきたのではないか。

「あーあ。コレに入ってるのが、解毒剤だったらいいのに。面倒なことになりそうだなぁ」
 イマリナを抱き寄せ、呑気に耳打ちした。

_______

「貴重な隙間時間だ、少し話をしようではないか。と言っても、私の話は聴き飽きたであろう。まずはそちらから聞かせてくれ」
 オルトファキテ王子が焚き火の傍でくつろぐように寝そべる。今日はもう休息を取ろうという流れになり、三人で岩陰に身を潜めたのだ。

(緊張感が無い……)
 向かいで膝を揃えて座ったミスリアは、「飽きたなんてことはありませんよ」と苦笑交じりに手を振った。
 ちなみにゲズゥは少し離れた場所で岩壁に背を預けて寝ている――ように見える。

「たとえば、カルロンギィ渓谷の長さは二十マイル(約32.2km)にも及ぶ。どの辺りに聖地が位置するかはわかっているのか」



*今回の話に登場している毒は消化器官や気管を経由するPoisonではなく血管などに注射されるVenomですが、日本語では同じ「毒」になるみたいですね。PoisonにはAntidoteが用意されるのに対し、Venomに効くのはAntivenomです。

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