44.j.
2015 / 06 / 27 ( Sat ) 「他人の言いなりになってたのは馬鹿だなと思うけど……守りたいものの為に他の誰かを踏みにじるのは、当たり前の選択でしょ。でないと結局何も守れなくなる。そこに罪が生まれるならそれは君だけのもので、子供たちが背負うもんでもない」
「一緒に背負おうとしてくれたわ。デイゼルは」 「そーだったねぇ。じゃあ一度思いっきり『やったー!』って叫んでから、元の生活に戻りなよ」 彼らしい提案だとミスリアは思った。たとえ話で、護衛として彼らが死んでも「思いっきり泣いた後は僕らの屍を踏み越えなよ」みたいなことを過去に言われた身としては、くすりと笑いを漏らさずにはいられない。 軽薄そうな反応と捉える人も居るだろう。ミスリアにはそうは思えなかった。リーデンは彼なりに、相手の想いを汲んでいる。ティナたちが何気ない日常を取り戻すことを、きっとデイゼルは何より望んでいる。 ようやっと部屋の中に戻ろうと足を踏み出した。だが聴こえてきた次の一言に、不意を突かれてつまずきかける。 「ねえ。リーデン・ユラス・クレインカティ。あたし、あんたのこと好きみたい」 当然のことを当然のように告げているだけ――そんな声で始まり、語尾に向けて勢いが抜けて行った。思いがけない真剣な響きに、ミスリアは打たれたように硬直した。 (え!?) これこそ盗み聞きしていい会話ではないのに、足が凍り付いて動けない。 「それはどーも。僕もティナちゃんのことは、結構好きだよ」 あまりに気安い応答だった。意味に食い違いがあったのかと思ったら、まだ続きがあった。 「好きだけど――必要ない。君のような我の強い子を傍に置きたいとは思わない。だから君とどうこうなることもない」 「あら、そう。なるほどね。まあ予想していたよりはまともな返事だったわ」 「僕は都合の良い人間にしか興味無いから。そーゆーこと」 足音がしたかと思えば、あっさり遠ざかった。 (え……な、に……いまの) 俯き、額を掌で押さえた。何か大事なやり取りが交わされたのを聴いてしまった。それなのに感想の一つも浮かばない。 「ミスリアちゃん」 「ひゃあっ!」 間近な場所からティナの声が降りかかってきた。跳び上がって身構えたのは不可抗力である。 視界に入ってきた凛々しい女性の表情は、意外にも晴れやかだった。こういう時はもっと落ち込んでいるのが通常なのではないか? と、疑問に思った。 「聴こえてたのね」 ティナは小さく舌を出した。 「すみません、立ち聞きしてしまいました」 「別に構わないわよ。勝手に廊下なんかでそんな話始めちゃったあたしが悪いんだし」 「はあ……」 次の言葉に詰まったが、何かを察したのかティナがふわりと微笑んだ。 「あたしなら大丈夫。こんなことでミスリアちゃんと気まずくなるのは困るわ」 返事の代わりにミスリアはぶんぶんと頭を振った。 「なんていうか、結婚相手とか恋人に欲しいって思ってたわけじゃないのよ。言えただけでよかった」 青緑の双眸は澄み渡っている。心惹かれる色だった。 ふいに、その光の奥にあるものをもっと突き詰めたいと思った。 「お訊きしても良いでしょうか。リーデンさんの、どこを好きになったんですか?」 「どこでしょうねえ。会うといっつもイライラしたし」 「は、はい」 ほぼ顔を合わせる度に言い合いになっていたことは周知の事実である。 「あんなに全力で誰かと接したのって、珍しいことだったわ。しかも思いっきりブチ切れた後、何故かいつもスッキリと後味がいいの。アイツ、気まぐれだし人を適当にあしらってばっかだけど。よく考えたらそんなに適当でも無いのかなって、見透かすような言動ができるのはちゃんと見てくれているからなんだなって、後になって気付いちゃったりして。そしたらなんだか楽しくなってきちゃった」 ミスリアはころころと百面相するティナの話に黙って聴き入った。 いいなあ、本当に楽しそう、と少しだけ羨ましくなる。 「恋なんて曖昧なものよ。実際には人を好きになるのに理由なんていらないわ。ある時気になり出して意識してた、ってだけでもいいの」 「理由は、いらない……?」 「でも、好きでい続けるには理由がいると思う」 彼女は笑って首を傾けた。 「理由付けっていうか、努力かな。長く続いた恋人なんて居たことないからよくわからないけど。ミスリアちゃんは、しっかり頑張ってね」 「頑張るって、何をですか?」 「ああもう、可愛いなあ! そこまでは教えてあげない」 「!?」 何故かティナはそこで抱き着いてきた。良い匂いがするが、苦しい。 「また帝国に来ることがあったら、絶対ルフナマーリに寄ってね。あたしは、これからもここで暮らしてくから」 締め付ける力が少し弱まったので、なんとか答えられた。 「約束します。友達ですから」 「ありがとう! それまでにそっちが進展してるか見物だわ!」 「むぐっ!」 またしても締め付けられた。柔らかい金髪が頬をかすって、くすぐったい。 どこか、彼女のこの明るさは度が過ぎている印象がある。或いは心の内を誤魔化す為の空元気ではないかと疑念が沸いた。 (落ち込むくらいには、やっぱり本気の恋だったのかな――) はしゃぐ声と圧迫する腕の力に気を取られて、ミスリアはそれ以上何も考えられなくなった。 |
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