41.i.
2015 / 03 / 19 ( Thu )
「貴様!」
 見えるように立っていた兵二人が侵入者に気付いて声をかけるも、武器を構える間も無く瞬時に倒された。
 鮮やかな蹴り技だった。

 尾ヒレが如く侵入者には青白い光が後ろに引いている。奴の動きが止まると、忽ちその光は取り囲むようにして回り込んだ。取り囲むだけで襲ったりはしないらしい。もしかしたら、纏っている個体の危険度はゲズゥが斬ってきたあの木の葉の魔物と似たようなものかもしれない。

 居間からはミスリアたちの話し声が未だに聴こえる。
 侵入者は屋敷の中を窺っているらしかった。そして意を決したようにその影が揺れる。

 ――ひゅ、ひゅ、と風が切られる音が次々とした。鉄の輝きが屋根の上から発生し、侵入者を護衛する魔物たちを順次撃ち落としていく。リーデンの戦輪(チャクラム)だ。
 魔物の群れの中に隠れる人間を狙おうとして失敗したのなら、人間の方を無視して衣を先に剥ぎ取ろうという魂胆だ。

「ッ!?」
 侵入者は予期せぬ事態に戸惑いを見せた。
 暗い色の液体が散る。周りの魔物は次々と地に縫い付けられ切り裂かれ、中心の人間も牽制されて身動きが取れなくなっている。
 その頃合いを見計らって、藪の中の伏兵が一斉に姿を現した。鎧の重々しい音がした。

「逃がさんぞ、曲者め!」
「よくもぬけぬけとこの屋敷を襲ったな!」
 七人もの衛兵が、退路を断った。
 もう青白い光をほとんど失ってしまった侵入者は、それでも怯まずに攻勢に出る。上から降り注ぐリーデンの飛び道具を巧みに避けつつ、兵の関節を的確に狙って蹴りを放っている。称賛に価する瞬発力だ。

 それでも七人も倒したとなると息が上がり、動きが鈍る。ついに太腿辺りを、輪状の鋭器がざっくり斬った。続けざまに今度は右手辺りにもかする。
 人影はつんのめり、屋根の上の敵手に意識を移した。振り仰ぐ動作を始めている――

 ここぞとばかりに、ゲズゥは木の枝から飛び降りた。
 完全なる不意打ちだ。人影の背中を半ば踏むようにして蹴りつけた。

 ――軽い。
 あっさりと地面に倒すことができた。動きの速さからして身軽な人間かとは思っていたが、それにしても予想以上に質量の無い肉体だ。
 ゲズゥは左手を奴の肩に、右膝を尻の上に固定した。リーデンが降りてくるまでの間、羊毛のマントに隠れた人物を己の体重で押さえつけた。

 奇妙な感触だ。筋肉の張りや硬さがはっきりとわかる手応えだがそれに至るまでに柔らかさも通過している、とでも表現すればいいのだろうか。
 これまでの情報と掛け合わせると、導き出される結論は――女?
 などと首を捻っていると、リーデンが手を振りながら歩み寄ってきた。

「お疲れー、うまく行ったね。ここまで思惑通りにことが運ぶとはね。罠に気付かなかったなんて、焦ったのかな?」
 前半はゲズゥに向けてだったが、後半は捕虜への言葉だ。
 侵入者は痛みに呻いているのかそれとも呪詛でも吐いているのか、恨めしそうにブツブツと何かを言っている。

 あろうことかリーデンは地面に両膝をついた。というよりは四つん這いの体勢だ。
 羊毛のマントの端をひょいと親指と人差し指だけでめくり、中を覗き込んでニヤリと笑った。

「で? 何してんの、ティナちゃん」

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