40.d.
2015 / 02 / 20 ( Fri )
「えーと、ミスリアちゃん、って呼んでいいかしら」
「どうぞ」
「着替えが必要よね。良かったら貸すわ。家、近いのよ」
「それは大変助かりますけど……」
 少女は連れの青年たちの顔を順に見上げた。

「甘えていいんじゃない? また熱出したら困るでしょ」
 遠慮がちなミスリアに、護衛のリーデンが肯定的な意見を出す。またと言うからには、最近そんなことがあったのだろう。
「そう……ですね。ではお願いして良いでしょうか、ティナさん」
「ええ勿論。詳しい話は着いてからにしましょう」

 そのように決定したからには、ティナは軽やかな足取りで荷物を回収しに行った。一度振り返り、彼らがちゃんとついて来ているのを確認すると、それからは一気に足を速めた。

_______

 ティナ・ウェストラゾと名乗った女性の家は個人で経営している孤児院だった。現在住んでいる子供の数は十人、と小規模である。
 レンガ造りの丈夫そうな建物は横幅の広い二階建てになっている。家の側面は花園に、裏庭は菜園にぐるっと囲まれ、近くには果樹らしき木が何本かそびえ立っていた。都に頻繁に入らずともある程度は自給自足ができる備えだ。

 ティナの部屋で着替えた後、ミスリアは奥の居間に通された。そこは意外に落ち着いた雰囲気の内装になっていた。長方形のネイビーブルーのカーペット――その上には香ばしい木製の家具、柔らかいクッションが並べられた長椅子がある。
 まだガチガチと震える手をこすり合わせ、暖炉に歩み寄った。

「この居間(パーラー)だけは、子供たちに勝手に入らないように言いつけてあるの。鍵もかかるのよ。そうじゃなきゃ、家中ごちゃごちゃしてお客様を通す場所がないからね」
 暖炉に薪をくべていた女性が笑顔で振り返る。彼女はそう言って椅子に腰をかけた。どうぞ座って、と掌で向かいの長椅子を示す。

「素敵なお部屋ですね」
 ミスリアは素直に感嘆した。長椅子に腰をかけてからも、ついきょろきょろするのを止められない。その間にリーデンが音を立てずに隣に座り、ゲズゥは入り口付近の壁にもたれかかった。

(この家……)
 十代後半ほどの人間が一人で管理するには、あまりに立派な住居である。自ら買ったり建てたりしたとも考えにくい。

(遺産として受け継いだのかしら)
 その旨についてミスリアが訊ねると、向かいのティナは声に出して笑った。笑ってから、「いけない」と口元に手を当てた。子供たちはちょうど全員が遊び疲れて寝ている時間だ。これは毎日のパターンで、夕飯前に起こして準備を手伝わせればそれでいいらしい。

「あたしの所有物じゃないわ。都の援助で建てたの。この人たちみんなそうだけど、主な寄贈者はそこの夫婦よ」
 暖炉を囲う壁には、額に入った肖像画が何枚か飾られている。最初は家主の血縁者や先祖なのかと思ったけれども、なるほど、よく観ると絵画に描かれた人物は誰一人ティナとは似ていなかった。

 絵の人々は皆が明るい肌色と暗い髪色の持ち主であるのに対し、ティナの髪は透き通るような金色だ。肌と言えば、夏の内によく焼けたのが今でもわかるような小麦色である。
 主な寄贈者という、暖炉の真上の絵の二人をもっとよく眺めてみた。

 まずは微笑をたたえた美しい女性。真珠のような肌、身体の曲線を強調した豪奢なドレス。複雑に編み込まれてまとめられた髪はまろやかな珈琲を思わせる濃い焦げ茶色だ。優雅な姿勢で椅子に腰をかけ、膝上にそっと両手を揃えている女性の背後には、同じく豪華な衣装に身を包んだ壮年の男性がぴしっと背筋を真っ直ぐにして立っている。

「早い話が、帝都の外に孤児を放り出す場所が欲しかったのね」
「え」
 肖像画観賞を止めて、ミスリアはティナの青緑の双眸と再び目を合わせた。頬骨の高い、どこか美少年っぽいとも呼べる凛々しさを備えた顔立ちの女性は、一瞬だけ嘲り笑ったように見えた。

「なんでもない。それより、ミスリアちゃんの話を聞かせてよ」
 そう言って彼女は長い脚を組み替えた。淡い緑色のチュニックの下に、スカートではなく麻ズボンを履いているのが印象的である。

 仕草や佇まいには健康的な勢いがありながら、気品も漂っていて不思議だ。すらりとした肢体といい、ゲズゥたちと張り合える運動神経といい、「かっこいい女性」とでも称すればいいのだろうか。
 そんなことをぼんやり考えながら、ミスリアは自身の旅の事情を語り出した。

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