35.c.
2014 / 08 / 06 ( Wed )
「エンリオさんと、レイさんが……死んだ、んですか」オウム返しにする自分の声をミスリアはどこか他人事のように聴いていた。「確かですか?」と訊き返すと、ゲズゥは「さあ」と答えた。

「リーデンが人づてに聞いた。確認したければ聖女に会うんだな」
「はい……」

 ミスリアは腕の中の枕に視線を落とした。美味しそうなプラム色の布地に金糸の刺繍。丁寧に作り込まれたこの枕はリーデンがどこかで買ったのだろうか。それともイマリナの手作りなのだろうか。見つめても見つめても答えはわからないし、心にのしかかる重石は動かない。

 ――別れはいつだって突然訪れる。
 あまりよく知らなかった人が自分の与り知らない所で亡くなったと聞けば、特にそう感じる。

 最初のショックが引き潮のように薄れた後、ミスリアは二人に最後に会った日を思い出そうとした。強面の女騎士と最後にあった時のことはまだ鮮明に思い出せる。ミスリアが討伐に参加するつもりだと聞いて、彼女はぶっきらぼうに「ありがたい」と言ったのだった。

(守れない約束になってしまったわ。不可抗力だったとはいえ、情けない)
 しゅんと気持ちが萎れる。
 今度は童顔で小柄な男のことを思い浮かべた。いつしか、馬車から降りる際に手を貸してくれたのを覚えている。

 彼は最後までよくわからない人だった。親しみやすそうなのに、コートの下に隠されていたたくさんのナイフを見た時は、思わず寒気がしたものである。

 関わった時間は短かったけれど、命を懸けた局面に共に立ったのだ。なのに驚くほどミスリアは二人について何も知らなかった。これまでどんな旅をしてきたのか、趣味嗜好、出自や歳でさえも。

 もっとたくさん話をすればよかった、なんて後悔しても仕方ない。いつ別れが来るのか知っていて人と接していられた方が楽かもしれないが――現実には、この人はもうすぐ会えなくなるから今の内にもっと時間を共有しろ、などと誰も教えてはくれない。

 彼らはどんな最期を迎えたのか、どんな無念を抱いたのか、何を遺したのか。ミスリアは想いを馳せる。そういえば色々と対照的な二人はよくつまらない言い合いをしていたけれど、あれはああ見えて仲が良かったのかな、出会い頭ではどうだったのかな、など。

 激しい悲しみは感じない。喪失に、ただ静かに気持ちが沈んだ。
 死地に立つ覚悟を決めていた彼らのことだ、訃報そのものに意外性は無かった。
 それでも残念だ。二度と会えない事実が、終着点を見ることなく旅が唐突に終わってしまった彼らの一生が。

(聖女レティカは後任の護衛を雇うのかな……ううん、それより大丈夫かしら)
 自分はエンリオたちの死を人づてに聞いたからには悼むが、深い関わりを持っていた人間の場合はそれだけでは済まない。ましてやその場に居た人間ともなれば――

「やっぱり、聖女レティカに会います」
 エンリオとレイの生死の真相も気にかかるが、その上で純粋にレティカが心配だった。
 彼女とは同じ立場であり、同じ目に遭う可能性は高い。どうしても他人事とは思えない。護衛を――供を、いつ失ってもおかしくないのはミスリアだって同じだ。

(もし私たちも参加していたら……?)
 想像することさえ恐ろしかった。ゲズゥは自分が死んでも気にするなと言ったけれど、「わかりました」と割り切れるものではない。
 今やリーデンが加わって護衛が二人になった分、ミスリアは三人分の人生を――命運を背負っていることになる。

 死ぬのは怖い。死なせるのも怖い。自分の為に誰かが死んで一人取り残されたらと想像すると、怖いなんて単語だけでは表せない心持ちになる。
 気が付けば抱きしめていた枕がはち切れそうになっていた。ため息をつくに合わせて、腕の力を抜いた。

 ミスリアの発言に対し、正面に立つゲズゥの面貌に微かな不満のような色が浮かんだ。

「起き掛けに歩き回る気か。まだ立ち上がれないだろう」
「そ……そうですね。でも街中では貴方に運んでもらうのは無理がありますし……」

 人目のつかない場所だといくらでも担いでくれて構わないのだが、街の中はどうしても目立って不審がられてしまう。背負われても抱えられても然り。
 ゲズゥは無言で首をコキコキと鳴らす。

「車椅子」
 と言い捨てて、彼は瞬く間に姿を消した。

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