32.h.
2014 / 05 / 26 ( Mon )
(違う……確かに一部の死んだ人が魔物になるけど、だからって会いたい人に会えるわけじゃないわ)
 少年の願いが叶わないとわかっていながら、何も口にすることはできなかった。
 魔物は歪な道を辿った異形の存在だ。死を越えた先にあるのは自我の崩壊、或いは意識の混濁、そして魂の混合。生前のままに人格が保たれる可能性は限りなく少ない。

「君、こんなところにいてはいけない!」
「ここは危ない! 下がりなさい!」
 魔物狩り師の何人かが少年の傍へ進み出る。

「ずっと町の中をさがしたんだ。どうしてみつからないんだろ。わかんない。でも、わかった。おれも同じモノになれば、あえる」
 少年は誰の声も聴こえていないようだった。
 彼の細腕が魔物狩り師たちに掴まれる。仇討ち少年は、剣呑な表情で振り返る。歯噛みし、充血した両目を見開き、小刻みに震え出した。

 先日ミスリアを蹴った時と同じ、刹那の激しさが垣間見えた。
 暴れる少年は拘束から逃れ、ゲズゥの前へとズカズカ歩み出た。
 ミスリアの身体は無意識に動き出していた。
 また危害を加えられるのではないかと思って少年の前に立ちはだかる。少年は今度は鉈を取り出したりしなかったが、その苦しげな瞳はミスリアの上を通り過ぎて行った。

「あんたを殺しても、楽になれないんだろ。すこし考えたら、わかった。きっともっと苦しくなるだけだ。だから他の方法をさがした」
「魔物に変じれば楽になれるとでも、思ってるのか。それもおそらく違う」
 ゲズゥの低い声はいつもと違う微かな振動を含んでいた。

「もう、いいよ。どうだっていい。おれは行く! そしておばさんに会うんだ。でももし魔物になっても会えなかったら、あんたを一生呪ってやる」
「…………怨念が連鎖し、循環するとは、よく言ったものだな」
 ゲズゥが言い終わる前に、少年は背を向けていた。彼の行く道に幾人もの魔物狩り師が飛び出している。

「待って!」
 引き留めようと一歩踏み出るも、ミスリアは横から現れた杖によって阻まれた。
「あの子供が決めたのなら誰にもそれを止める権利が無い。奴にとって、生きていても死んだとしても苦痛しかないのなら、他人がしてやれることは無い」

「そんなはずありません……」
「死してなお、浄化されることなく存在し続けることにならないよう、責任を持って斬る」
「違う――それは違います! 生きていれば、いつか苦痛が和らいで、諦めないで良かったって思える時が来ます!」

 抗議しながらも、いつしかミスリアは泣いていた。

「前向きな見解を持てない人間に、わからせることは不可能だよ。子供に『今は苦しくても十年後に大人になったら色々見えて来る』って言うのと同じ。わかってくれる時までひとつところに留まらせるならまだしも、そこまでする義理はないね。ましてやあの雌豚と縁があるんでしょ。死ねばいいんじゃない」
「……っ」

 今度は絶世の美青年が冷徹な意見を投じる。

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