28.h.
2014 / 01 / 11 ( Sat ) 「危ない!」
突然のエンリオの叫びで、地に落ちたエイを浄化していたミスリアは顔を上げた。新たに迫り来るエイの列が目に入る。 そして次の瞬間には黒い背中が視界を遮った。 横薙ぎに振るわれた大剣は銀色の弧を描き、その軌跡に絡めとられた魔物たちは紫色の液体と断末魔を辺りに撒き散らす。 ゲズゥは速やかにまた攻勢に入った。敵の数には限りがあるように思えない。すぐに打開策を考える必要がある。 (弧…………?) とりあえず今思い付いたことは――剣に聖気を纏わせ円弧を伸ばせば、通常よりも多くの魔物を一薙ぎで掃討できることだ。しかしそれだけでは何かが不足している気がした。 ならば展開した聖気を円形に組み替えれば、自分に惹かれてやってくる敵を残らず倒せるだろうか。 (でもそれは地を転がる個体ならともかく、上空から襲ってくる魔物には効かない) 加えて、広範囲に聖気を展開させるということは、それだけ自身の消耗も早くなることだ。 (足りない。まだ何かが足りない) ミスリアは懸命に考えながらも四方に視線を飛ばし、ヒントを探した。 いつの間にか気温が大分下がったのだろう、吐く息が白い。無意識に体が寒さに震えた。 あちこちで、倒された魔物たちは腐臭と湯気を立ち上らせつつ、口のような箇所から泡を噴いている。 (泡? 違う、泡じゃなかった――) それを見た途端、カイルが話していた応用方法を思い出せた。彼は「シャボン玉」にたとえて説明したのだった。 (そうだわ、球体……半球なら!) 内側が空洞となっている球体ならば消耗を最小限に抑えられる。そのぶん明確なイメージと集中力を要するが、死角無しに敵に対応できる利点を思えば、試す価値は十分にあろう。 当然、薄い聖気の壁だけで魔物を完全に浄化できるとは考えていない。弱らせる程度でいいのだ。 ミスリアは未だ冷静に敵を斬りさばいているゲズゥの傍まで駆け寄った。 「――提案があります!」 そう叫べば、ゲズゥが肩から振り返った。ミスリアはたった今の思い付きの要点をかいつまんで伝えた。 「……理解した」 黙って聴き終えた彼は短い言葉で同意を示す。 「お願いします!」 間髪入れずにミスリアは聖気を展開した。いつもとは違う形を丁寧に、詳細に思い描く。 まず自分の周りに黄金色に輝く、空っぽの球体が出現した。 次にはそれを自然に広げるイメージ――。 こうしている間にも二種の魔物は休むことなく迫り来るが、それらは黒衣の青年に任せて、ミスリアは焦らずに己の作業に集中した。 (まだ、有効範囲を広げられる) いつの間にか聖気の球体は半球に変わり、大人の人間を十人は覆える大きさになっている。 限界はこんなものじゃない、と自分を奮い立たせると、一気に広がりは加速した。 そうして黄金色の波動は半径10ヤード以内の魔物たちを通過した。 想像通りにそれは、敵の進攻を揺らがせるには事足りた。 急に動きが鈍くなったエイや団子虫を次々にゲズゥが両断していく。小さい個体などは、手を出さなくとも既に浄化が始まっていた。 |
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