28.d.
2014 / 01 / 01 ( Wed )
 護衛の二人が聖女に駆け寄る。よく見れば、大柄な方は薄茶色の髪を短く切り揃えた強面の女だ。
 青ざめた聖女はゲズゥを見上げて声を絞り出した。

「なんという穢れ……それだけの業を背負ってよく生きていられますわね。普通は耐えられなくてとっくに発狂か魔物化してますわ」
 民衆相手に語りかける時と比べ、聖女の口調はきつかった。

「何だって!? レティカ様に近付くな、罪人め! 穢れた空気に当てられたらどうしてくれる」
 小柄な男が牙をむく。
 ゲズゥは特に反応しなかった。まず何を言われたのか理解できない。代わりに、背中に隠れていたミスリアがひょっこり出てきた。

「あのっ、何か誤解があるようで……私たちはお話がしたいだけです」
 例の聖女はミスリアの姿を認め、はたと止まった。口元に当てた手が離れる。
「あら、まあ。こちらは稀に見る清浄な気ですわ。もしかして『同業者』かしら?」

「聖女ミスリア・ノイラートと申します。彼は護衛のスディル氏です」
「あら! 失礼しました。わたくしは聖女レティカ・アンディア、それからこっちは護衛のエンリオとレイです。以後お見知りおき願いますわ」

 聖女はスカートを広げる礼をした。ヴェールの下から、青銅色の髪が一房漏れる。
 ミスリアもその礼を返し、ふと顔を上げた。

「アンディアと言ったら、まさか……」
「ええ。アンディアの姓を持つ現・枢機卿の一人は、わたくしの大叔父様です。ちなみに聖女アンディアと言ったら、先年亡くなられたひいお祖母様のことですから、わたくしのことはレティカ、と名前で呼んでくださいな」
 聖女は誇らしげを通り越して自慢げに言った。彫像の聖女を思わせる、まるで鏡の前で長い時間練習して完成させたかのような、よく整った笑顔だ。

「わたくし一年も旅していますけれど、同業者に出会えたのは数えるほどしかありませんのよ。うれしいですわ」
「こちらこそよろしくお願いします。ええと、私のこともミスリアと名前で呼んで下さい」ミスリアは演壇の方へ目配せした。「聖女レティカは毎日このようなことを?」

「民にはどんな暗い夜にも仰げる月が、希望が必要ですもの。聖職者を多く輩出してきたアンディア家に相応しい聖女であれますように、わたくしは立ち上がらなければなりません」
 聖女は言い終わるなり小さなお辞儀を付け加えた。その弾みで薄紫色のショールが肩からずれ落ちたのを、護衛の女がすかさず直す。

 どうにも、ゲズゥには聖女の主張が滑稽に思えた。何せこの町が抱える、現在進行形で絶望に打ちひしがれている大半の人間が、演説を聴けた訳でも奇跡に立ち会えた訳でもない。本気で人々を救いたいと思うなら路地裏や貧しい区域へ行くべきである。これでは自己満足にしか聞こえない。

「それで、どうして一日一回なんですか?」
 聖女の主張には触れずに、次にミスリアは別のことを訊ねた。
 そこはゲズゥも気にかかっていた点だ。もしかして出し惜しみすることでより劇的な演出を狙っているのではないかと推測したが、返答は意外なものだった。

「力を温存しなければなりませんの。夜は、町の外れに出る魔物を退治しに行きます」
「では町の結界の外へ?」
「ええ、イマリナ=タユスの結界が覆っているのは都の中心部だけ。結界の外で過ごす夜はとても危険ですわ。神職に携わる者、民の安らかな暮らしを守るのが務めです」
 聖女の碧眼が気合に燃え上がっている。面倒臭い女だ、とゲズゥは率直に感じた。

 突然、聖女はパンッと両手を打ち合わせた。

「そうです! もしよろしかったらご一緒にどうでしょう? 人数が多い方が心強いですもの」
 問われたミスリアは目に見えて怯んだ。

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