27.e.
2013 / 11 / 23 ( Sat )
 リーデンに先導されて風の通らない路地裏に入った。そこら中に、行き場を持たない汚臭が漂っている。
 ミスリアは足を踏み下ろす度に泥や生ゴミを踏まないよう、注意する必要があった。なのに軽やかに先を行くリーデンのブーツには何故か全く汚れが付かない。

「この先を左に曲がって、更に先で右に曲がったら、一番奥の建物だよ」
 振り返り、美青年は励ますように明るく言った。
 ミスリアは頷きを返した。

 噴水広場からここまでの道、既に何度曲がったのかミスリアには思い出せない。最初こそは覚えようとしたけれど、今となっては完全に方向感覚が麻痺している。それだけ複雑な路地裏だった。しかも大体の建物は似た高さと造りで、平凡な外装をしている。何か一つでも目印になるものを探し求めて視線を彷徨わせるも、徒労に終わりそうである。

(また居る……)
 時々、建物の間に隠されたゴミの山を通ると、その中をガサゴソと潜る人間の姿を見つけた。
 ゴミ山を住処としているのか、別の住処はあってもゴミを漁らなければ生活できないのか、一目見ただけではどちらとも言えない。

 他には、路頭で寝そべる人間を見る。誰もが痩せこけていて、生気が無い。彼らには冬を越せる場所がちゃんとあるのだろうか。
 やるせない気持ちがこみ上げてきて、ミスリアは足を止めかけた。それに気付いて、物を乞う手が伸びる。それまで寝そべっていただけの男性が、身を乗り出している。

 ミスリアは親指を欠いた手を凝視した。自分がこの手に何を与えられるのか、懸命に思索した。

「お前の考えていることはわかるが、無駄だ。都市そのものが対処しないとどうにもならない」
 答えが出ない内に、背後のゲズゥが口火を切った。
「そん、なこと……そうと決まっている訳では……」

「決まってるよ。こういう連中にはいくら渡そうと、お金は酒や娯楽に消える。そうでなければ自ら収入源を確保して、衣食住を手にしているはずだからね。この辺だったら最低生活費はめちゃくちゃ安いし、選り好みしなければいくらでも『収入源』は見つかる。浪費癖はどうしようもないけど」

 リーデンが付け加えた。
 これまでと同じ爽やかな話し声なのに、どうしてかゾッとした。

「自分の足で立とうとしない人間に同情する必要は無いよ。そもそも、よほどの大富豪でないと一度に全員を救えないから。そういう町なんだよ。食べ物をあげたって一時の空腹の解決にしかならない」
 リーデンの言い分に対する反論をミスリアは持っていなかった。しばらくして三人はまた歩き出した。

(教会が子供しか引き取らないのは……)
 自分の足で立てない大人を甘やかさない為かな、と一瞬だけ思った。大人ともなれば当然、教会に住み込む人間にはご奉仕という名の労働が義務付けられている。最低限の衣食住を得ても、給料ももらえず、自由にできる時間は少ない。好んでそんな生き方を選ぶ人間はごく僅かだった。

 ヴィールヴ=ハイス教団が無条件に民に食事と宿を与える日は月に一度だけである。
 ただ与えるだけでは、相手に対する配慮が、思いやりが足りないのだろうか。かつて授業ではどう教えていただろうか――。

(……それにしても、リーデンさんの人生観って)
 理由ははっきりしないけれど、ゲズゥのそれとどこか似ている気がした。割り切っている所だろうか。

「んー、懐かしいねー。ずっと昔は僕らもああやって生き延びてたね」
 遠目にゴミ山を漁る人間を見つつ、ふとリーデンが言った。
 ゲズゥは返事こそしなかったが、しばらく目を細めてその方向を見つめていた。

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