27.b.
2013 / 10 / 31 ( Thu )
 ――絶世の美青年!
 そんな言い回しが許されるなら、まさにこういう人の為に使うべきなのだろう。むしろ、他に何と表現すればいいのかわからなかった。

「まあ、君が転んだのは僕がぶつかったからだよね。謝らなくていいよ」
 青年がとろけるような笑顔を浮かべたせいか、ミスリアは見惚れて返事を返せない。

 歳は十代後半くらいだろうか。明るい緑色の瞳は宝石よりも美しく、長い睫毛に縁取られている。スッと通った鼻筋や艶やかに吊り上がる薄い唇、全ての顔のパーツは絶妙に位置付けられ対照的に並んでいる。

 どちらかといえば繊細な美貌でも、涼しげな目元や輪郭や眉の形など、随所に男らしい凛々しさも表れている。本来ならば女性らしく見えるであろう大きな輪っかの耳飾が、この人の場合は不思議ととても似合っていた。

 ミスリアは自分は人の造形美に執着しない方だと自覚している。けれども、この青年のそれには絶対に無視できない引力があった。周りの人々も、彼の前をすれ違う一瞬だけ、サッサと歩く足をつい止めてしまう。
 人の顔に見惚れて腰を抜かすこともあるのだと、生まれて初めてミスリアは思い知った。

「あの……ええと、いいえ。す、すみません。ジロジロ見られるなんて不快ですよね」
 未だかつてない程しどろもどろと返事をしつつ、目を泳がせつつ、差し出された手を取る。意外とその皮膚はタコや傷やらでざらついていた。
「ううん、別に? 慣れてるよ」
 青年はあっけらかんと答えた。それを聞いて、躊躇いがちに目を合わせた。

(……本当にキレイな人)
 大陸中によく見るプラチナブロンドとは明らかに異なる、銀色に輝く柔らかそうな髪が印象的だ。段の入った髪型で、首筋に沿った襟足の毛先が不揃いに流れている。

(衣服は麻じゃない……見たことの無い生地。華やかだわ)
 青年は、この町に入ってから時々目にするようになった、地方の衣装と思しき珍しい服を着ている。

 光沢を放つベビーブルー色の布地に白と銀糸の刺繍。紺色の詰襟は首元から右脇へと続き、その境目には花の模様みたいな形のボタンが二個、交差している。袖口は広く、手の甲にかかるほど長い。角度によっては腕輪が袖に隠れて見えない。腰を回る紺色の帯からは、掌よりも大きい銀の輪がいくつか下げられている。

 服との統一性が高い装飾品の中に一つだけ、浮いている物があった。
 幾つもの逆三角型の黒曜石――よく見たら中心の一番大きいのは矢じりに似ている――をターコイズのビーズで挟んだネックレスである。本人にとって何か特別な物かな、と何となく思った。

 青年はにこにこ笑いながらミスリアをぐいっと地面から引き上げた。繊細な美貌からは想像付かない力だ。
 ミスリアは感謝を込めて一礼した。その手を、青年は何故か離さない。

「ところでお嬢さんは何か困ってるのかな。顔に書いてあるよ」
「はい?」
「よかったら相談にのるけど?」
 透明な声に、甘やかな笑顔に、ミスリアは抗うことができなかった。抗いたいとも思わない。

「……実は旅の連れとはぐれてしまって」
「どんな人?」
「二十歳ぐらいの、背の高い男の人です。漆黒の髪と瞳と、濃い肌色をしています。顔は端整……だとは思うんですけど、凄く不愛想で……後は、大きな剣を背負ってるはずです」

「ふう、ん。なぁるほどねぇ」
 彼は一体何に納得したのだろう? ミスリアは僅かに首を傾げた。
「ザンネン、僕は見てないな。見てたら、忘れないと思う」
 青年は悪戯っぽく笑った。

「こんな所で大変だねー。向こうの噴水広場で待つのがいいと思うよ。有名な待ち合わせ場所だから、連れの人もその内気付いて目指すんじゃないかな」
「待ち合わせ場所ですか……」

 町の地図を買わなかったのは、何故かゲズゥには必要が無かったからである。訊かなかったけれど、彼はこの町を知っているのかもしれない。だったら、有名な集合スポットも知っていると考えられる。

 ミスリアにはどちらとも判断できない。ゼテミアン公国を出て以来、ゲズゥは何かを探っているような、追っているような曖昧な道筋を進んだ。行き先を最初から決めていなかったのか、何度も方向を改め、やっとイマリナ=タユスに着いたのである。

「うん。こんなとこで人波に揉まれててもしょうがないんじゃない? とりあえず行ってみようね」
 青年はごく自然にミスリアの手を引いた。



補足:この人の着てる服は満州民族衣装にインスパイアされてます。裾が長いです。
あー大陸で一番普及してる織物は麻、ウール、その他、って感じになります。多分。

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