24.d.
2013 / 07 / 17 ( Wed )
「そうですね……。聖地が総てこのような危険を伴う場所でないと願っています」
 ミスリアは苦笑を返した。
 崖から落下していれば大怪我は免れず、もしかしたら河に落ちて溺れていたかもしれない。今更遅れてやってきた寒気に、身体が震えた。

 何より、あの誰かに強制的に意識を占有されていたような感覚。自ら歌って魂を繋げた場合とは違う、実体の無い重圧。
 それは同時に聖気の清らかさと暖かさを伴っていた。近い経験を探すなら、聖女としての修行の最終段階が似ているけれど――。

 ――違う。あの時にも感じた圧倒的な存在感、それを今回はもっと身近に感じた。しかし決して喜ばしいと思えるような近さではなかった。

「……こわい……」
 気が付けば呟いていた。
 目を伏せて椅子の上で身を丸めた。何故だかわからない、ただ、先に進むのが怖い。
 覚悟は決めていたはずなのに。わけもわからず揺らぐ心を、無視できなかった。

「私は弱いですね」
「知ってる」
 か細い独り言に、変わらず落ち着いた声が相槌を打った。ミスリアが何に対して恐れを抱いているのか、彼は見通しているのだろうか。

「……軽蔑しますか?」
 組んだ腕の中に顔を埋めた。
「別に。それほど迷惑はしてない」
 無感動な声だった。気遣いなどではなく、本当に、ありのままの事実を話しているのだろう。それほどって言うからには、多少はしているはず。

「怖いならやめるか」
「いいえ! 私の気持ちは関係ありません、必ず目的を果たします」
 ミスリアは素早く頭を上げて振り返り、対するゲズゥは、左右非対称の両目を一度瞬かせた。

「お前の目的は蝋燭の壁と関係があるのか」
「!」
 彼が指す物に瞬時に思い当たって、怯んだ。
 揺らめく炎の列が脳裏をよぎる。
 よく考えたら隠す理由は無いはずである。数瞬の間、ミスリアは言葉を探した。

「そう、ですね。あの蝋燭立ての列は、旅の途中で消息を絶った聖人聖女を弔うものです」
 ゲズゥはただ目を細めた。
 一度深呼吸してから、ミスリアは続けた。

「彼らの為に私は旅に出ました」
 静かな会議室に、自分の強張った声がやたら響いたように感じられた。

_______

 聖堂に並んだ蝋燭の列の、蝋燭立てに彫られている文字は、消えた人間の名前を表している。
 隙を見て司祭に訊いたらそう説明を受けた。

 ゲズゥ・スディルは木の枝に膝からぶら下がり、腹筋を鍛えつつ考え事をした。
 真夏に相応しく気温の高い午後だったが、木陰に守られているためいくらか涼しい。湿気が多く、運動による汗が乾かずに滴った。全身がべたついて気持ち悪いが、南東生まれのゲズゥにとっては慣れればすぐに忘れられる程度の問題だった。

 腹筋に力を込めて上半身を折り曲げる。その間の筋肉の引き締まりが、苦しい。同時に、踏ん張る一瞬には頭の中が驚くほど空っぽになった。体を折り下げては繰り返す。
 数十の繰り返しを経てから、力を抜いて再びぶら下がった。着る者と一緒になって逆さになっているシャツを使い、顔の汗を拭う。

『私はっ……! 世界を救いたくて旅に出たんじゃありません!』
 以前聞いた叫びが、ここぞとばかりに記憶に浮かび出た。

 ――世界の為でないのなら、何の為に。

 消息を絶った聖人聖女、「彼ら」と言ってもミスリアが泣き崩れたのはたった一つの蝋燭立てに目が留まった時だ。ならばその人間が特別であると断じていいのだろう。
 件の蝋燭の位置は覚えていた。それについても司祭に訊いたら、そこに彫られた名が「聖女カタリア・ノイラート」であると判明した。

 そうと聞いて、多少の仮定を立てることができた。

「もし……」
 苗字は当然のこと、カタリアとミスリアでは名も似ているし、親類と考えて間違いないだろう。
「もし、そこの方。えーと……」
 まさか消息を絶った人間を探そうと――

「あの! お願いがございます!」
 さっきから呼び声が自分に向けられているのだと、ゲズゥはようやく気付いた。何度か瞬き、逆さの映像を分析する。
 全身を質素な衣で包んだ若い女が視界の中心に居た。作業用の被り物なのか、頭にはバンダナを巻いている。

「あの、お邪魔してすみません。手伝っていただけませんでしょうか」
 言いにくそうに女はもじもじした。
「…………」
 ゲズゥはとりあえず両腕を伸ばした。逆立ちになるよう樹の上から降り、次いで足を落としてしゃがむ形に着地した。

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