23.d.
2013 / 06 / 13 ( Thu )
 どうして人混みに揉まれていたのか、向かう場所があったのかそれともふらふらと目的地も無く暇を潰していたのか。訊ける前に彼の方が先に問いを振った。

「どっか行くん?」
「鍛冶工房と武器屋」
 これにはゲズゥが答えた。
「マジでー、いいなソレ。オレも行く」
「あの! その前にちょっと」
 ミスリアは思わず声を上げた。この流れのままに進む前に、伝えるべきことがある。

「ヨンフェ=ジーディが探していましたよ。血相を変えていたと言ってもいいでしょう」
 その先を、戻ってきたラノグが告げた。心なしか責めるような声音だった。
「へえ。そりゃ悪いことしたな、後で謝っとくよ」
 対するイトゥ=エンキは含みのある笑みを作った。紫色の双眸を明らかな拒絶の光が過ぎる。まるで「身内の問題に他人が口出しするな」とでも言いたげだ。

「……なら、いいのですが」
 ラノグは食い下がらず、むしろ気圧されたように僅かにたじろいだ。
「で、武器屋に行くんだって? オレも連れてってくれよ」
 打って変わって、イトゥ=エンキの雰囲気が明るくなった。束の間張り詰めてた空気が和らぐ。
「…………そうですね。この道です。ついてきてください」
 まだ何か言いたげな、複雑そうな表情を浮かべつつも、ラノグは一同を先導した。

_______

 南端に並ぶ店の背後。緑茂る坂を下りた先に、一軒だけ建物がポツリと建っていた。
 街から少し離れているのはおそらくはあの煙突から上るおびただしい煙が人の迷惑にならない為だろう、とゲズゥ・スディルは考える。
 灰銀色の屋根とベージュ色に塗られたレンガは薄汚れ、街中の建物より全体的に華やかさで劣る外観だが、二階建てで広そうではある。

 ハンマーが何かを叩く音が外にまで響いている。
 これでは扉にノックをしたところで聞こえやしない、ということで全員はそのまま入口から入った。鍵はかかっていなかった。
 工房の中心にて鉄を鍛える初老の男がいる。

「師匠、おはようございます! 昼前に起きてらっしゃるなんて珍しいですね!」
「おう、ラノグか。よく来たな。死んだ女房に怒鳴り散らされる夢見て、目が早く覚めただけじゃい」
 ハンマーを下ろす手を止め、鍛冶職人は前歯の抜けた笑みを返した。その背後で、加熱炉の炎が激しく燃えている。おかげで屋内の温度はなかなかに高かった。

「んで? 客か、さっさと紹介せんか、バカ弟子」
「バカは余計です。えーと、こちらが巡礼の聖女様と護衛の方。こちらは……」弟子の男はエンに顔を向けて、口ごもった。「お二人と一緒に来た方で、まあヨンフェ=ジーディの弟さん? だそうですけど……?」
「ほお」

「よろしくお願いします。ミスリア・ノイラートと申します。それから、私の旅の護衛のスディル氏です」
 スカートを広げる礼と共にミスリアは自己紹介をした。隣でゲズゥは特に何もしなかった。
「どーも。オレはイトゥ=エンキってんだけど、ヨロシク」
 エンは片手をポケットに突っ込んだまま、空いた片手を振った。

「ほお、ほほお。聖女様、しかも可愛いお嬢さんは大歓迎だ。よろしくよろしく。にしてもそっちの兄ちゃんは顔にすごい刺青じゃな」
 長いあごひげを撫でながら、値踏みする目で鍛冶職人は来訪者を一人一人見回した。
「コレは生まれつきですよー」

「生まれつき? ソイツは傑作じゃ」
 何がどう傑作なのかよくわからないが、エンと職人が笑い出したので弟子もミスリアもなんとなく合わせて笑っている。

「さぁて。今日は何か特定の用向きでもあるんかいの。そのバカデカい剣なんてどうじゃ。鞘が無いのかね」
 職人は腕を組んでゲズゥを見上げた。正確に言えばゲズゥの背中の大剣を凝視している。
 ゲズゥは剣を下ろし、巻いてある包帯を手早く解いた。

 刃が露わになった途端に職人とその弟子が真剣な面持ちになって近付いてくる。

「こりゃあ見たことの無い型の剣じゃな。しかも鉄も珍しい……」
 指を刃の上に滑らせたりしている。
「こことか、所々に綻びが見えますね。修理しますか?」
 弟子の方が顔を上げて訊ねる。

「ああ。いくらかかる」
 金の管理をしているのはミスリアであるにも関わらず、ゲズゥは真っ先にそれを訊いた。
「まさか、受け取れませんよ。巡礼中の聖人・聖女様方からはお金を取らないのがナキロスでの原則です」
 弟子は意外な返事をした。

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