23.c.
2013 / 06 / 08 ( Sat )
 弟と言っても二十六歳の成人男性のことだ。普通なら、一晩姿を見なかったくらいでここまで気にかける必要は無いはずである。しかしこの姉弟は十五年も離れて生きていて、突然再会したばかりだ。決して普通とは言えないだろう。

「大体、身体が弱いのに一人で街中をふらついていいはずが無いんです」
「あ、そのことでしたら、もうすっかり健康になったそうですよ」
 彼女のただならぬ気の揉み方に別の理由が垣間見えた気がして、ミスリアは思わず言った。

「強がりではなくて?」
 ヨンフェ=ジーディが訝しげに眉根を寄せる。
「はい。実際、旅の道中も涼しい顔で長い時間ずっと走っていましたし」
「そう、ですか」
 彼女は考え込むように口元を指先で押さえた。きれいな形に切り揃えられた爪が目に付く。

(改めてよく見ると、イトゥ=エンキさんにどこもかしこも似てない)
 髪や瞳や肌の色だけでなく輪郭や顔のパーツですら似ている箇所が無い。唯一共通しているのは、紋様の一族である点だけだ。ここまでだと、いっそ血が繋がってないのかな、などとも考える。
 ふいに背後で扉が開く音がした。皆の注目がそちらに集まる。

「……もしも街中で奴に会ったら、お前が探していたと伝えておく」
 振り返らずにゲズゥが無機質に言った。その言葉をきっかけに、ラノグも動き出した。
「じゃあそういうことだからヨンフェ、また後で」
「わかったわ……。気を付けて」

 頷いたヨンフェ=ジーディに、ミスリアは会釈した。
 教会を出て通りに出るとラノグが申し訳なさそうに笑った。

「すみません、聖女様。ヨンフェは元から心配性なんですけど、今回はなんていうか……特別なんでしょうね」
「気にしていません。それだけ彼女は思いやりが深いのですね」
「そう、そうなんです」
 彼はとても嬉しそうに破顔する。なんとなくこっちも嬉しくなってきて、笑みをこぼす。

 ミスリアとラノグは並んで道を歩いた。大剣を背負ったゲズゥが無言で数歩後ろをついてきている。
 レンガに舗装された道の手入れが行き届いていて歩きやすいことに、なんとなくミスリアは気が付いた。

「何を隠そう僕は行き倒れていたところを彼女に救われまして」
「行き倒れたのですか?」
「はい、その時は一人旅をしていて、この町に辿り着いて間も無く体力が尽きたんです」
「大変ですね」

「そうですね。でも皆さまの優しさに救われた、という大切な想い出なので……」
 ラノグは急に手を広げて町並みを指した。
「この町、ナキロスは美しいでしょう?」
 彼の動きに吃驚した鳩がパタパタと飛び交う。

 美しいか、と訊ねられてミスリアは周囲に視線を巡らせた。
 辺りの建物の輪郭が青い空にくっきりと浮かんでいる。黒または灰色の屋根が白とパステルカラーの外装の建物たちによく似合っていたし、植物の緑に彩られたベランダや丸く可愛い窓の形まで、すべて丁寧に設計されたのだと素人目にもわかる。

 外観だけではない。設備がしっかりしているのだろう、汚水の漏れや汚臭も無い。町の清潔は生活水準の高さと結び付きが深いものだ。
 この町は西に断崖、東に樹海と地理的に孤立していながらも栄えている。それはヴィールヴ=ハイス教団が多方面で支援しているからであって、一方で国家からはある程度の自治権を認められているらしい。

「確かに素敵だと思います」
 ミスリアは強く肯定した。
 その時、近くの建物の屋根を夢中で清掃していた中年女性が顔を上げて手を振った。ラノグが快く手を振り返す。二人は声を張り上げて世間話をし出した。

(きっと美しいのは見た目だけじゃなくて)
 余所者を受け入れる心の広さ。ミスリアが教団から聞いていた話でも、ナキロスは何かと移住者が多いらしかった。ほとんどの者は何か或いは誰かから命からがら逃げてくるのだという――。

 ふとゲズゥに視線をやってみると、彼は先の方の人混みを見ていた。どうかしたのかとミスリアが首を傾げる。ゲズゥは前方の一つの人影を指差した。
 差された人物が早足に距離を詰めてきている。

「よ。何してんだ、嬢ちゃん」
「イトゥ=エンキさん! 何処から現れたんですか」
 今ではすっかり見慣れた笑顔を認めて、ミスリアは驚きに声を上げた。

「んーと、あそこの人混みに揉まれてたんだけど、ゲズゥが見えたから来てみた感じ」
 いつものハスキーボイスで、イトゥ=エンキは質問の答えになってない答えを返した。

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