16.e.
2012 / 10 / 03 ( Wed )
 優雅な佇まいだ。
 ヴィーナと呼ばれた女性は、腕を組んで微笑んでいた。第一印象では、妖艶さと包容力を併せ持った微笑みに思えた。
 二十代かもっと上なのか、年齢が推測しにくい容姿だ。

 彼女の形のいい眉毛と長い睫毛の下には、輝くサファイヤ色の瞳があった。
 鮮やかな口紅や、目の周りの薄紫をベースとした派手な化粧が良く似合っていた。
 銀みがかかった紺色の長い髪は複雑に編んで頭の左側にまとめ、宝石の付いた簪を挿している。右に垂らした一房の髪は丁寧に巻かれている。

「こっちが収穫? 私はヴィーナ、よろしくね」
 女性はミスリアに接近してきた。
 花と果実を思わせる甘い香りがふわっと広がり、眩暈がする。

(すごい格好……)
 全体を通して、凹凸のはっきりとした、女性的な線を強調した服装である。
 ヴィーナは短い袖の、パステルグリーン色のドレスを着ていた。ぴったりとした腹部の布は薄いピンクで半透明、そのため白い肌が透けている。フリルの付いた裾が斜めになっていて、一番短い部分では膝が露になっている。

 綺麗な鎖骨だな、と思いつつ、大きく開いた胸元に目が止まった。
 ミスリアは頬が紅潮するのを止められなかった。

「こんなに幼いんじゃあ私たちには使い道無さそうね」
 考え込むように人差し指を唇に押し当て、ヴィーナは「んー」と唸った。
  彼女が話すと、ふくよかな唇の動きを目で追いたくなるので不思議だ。白い歯の間に見え隠れする赤い舌も艶かしい。
 
「競売に出せば良い値が付くかもしれないけど。アナタ、生娘?」
「な、何を――」
 あまりに唐突過ぎる問いにミスリアは慌てふためいて、うまく答えられなかった。
「生娘なら高額で売れるのよ。その反応からして間違いないのかしら? で、こっちの男は肉体労働か闘技場に向いてそうね――って、あら?」
 ゲズゥに視線を移し、彼の顔を見上げて、ヴィーナは首を傾げた。

「アンタもしかして、ゲズゥじゃないの」
「アズリ」
 ゲズゥの声には、信じられないものを見るような驚きの色があった。

(え? また知り合い?)
 それも今度はすぐに名前を思い出している辺り、前に遭遇したオルトファキテ王子よりも親しい関係だったのではないか。

「今はヴィーナキラトラを名乗っているわ。でもアンタには覚えられないでしょうから、アズリでいいわよ」
 彼女は首を傾げたまま、にっこり笑った。
「随分と図体が大きくなっちゃって。四年前も十分大きかったのに、成長期の男の子は違うのね」
 
「お前はいつの間にこんなところに」
 ゲズゥは心底驚いたような顔をしていた。
「一年前からかしら。アンタ、『天下の大罪人』とか呼ばれてるんだって? しばらく会わなかった内に、出世したわねぇ」

「『天下の大罪人』!? マジ、本物?」
「スゲェ! 噂通り若いんだな」
 ヴィーナの言葉に、周りの男たちがざわざわと反応した。
「ああ、道理で……」
 刺青の男が、顎に手を当てて一人納得した風に頷いている。

(それって出世って呼ぶようなものなの?)
 ミスリアは疑問に思った。
 周囲の感嘆の声からして、どうやらこの人たちの価値観でいえばそういうことになるらしい。
 
「まぁ、生きてまた会えたのは素直に嬉しいわ」
 彼女はゲズゥの頬を両手で包んだ。
 背伸びをするヴィーナに合わせるように、ゲズゥが身を屈め――

 ――二人の唇が重なった。

(え……?)
 何が起きたのかわからず、ミスリアはただ何度も何度も瞬いた。

「えええぇええ!? 姐さん!?」
 露骨に動揺を表した男たちを、ヴィーナは無視していた。

 この類のことにまったく免疫の無いミスリアは、自分が何を見ているのかすらいまいちわからなかった。
 何かがくっついては離れるような音が、卑猥なモノに聴こえて、背筋がぞわぞわする。
 よくわからないけど、濃厚な接吻なのは間違いなかった。

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