10.f.
2012 / 03 / 18 ( Sun )
家の玄関の前に、花を飾っていた。明るい日差しの下、小鳥の囀りを聴きながらの作業だ。
林檎の花を使ってストリーマーをつくり、ドアに垂らす。余った花を、長い指で器用に編んでわっかにした。完成するとしゃがんだ。
「はい、出来上がり」
十にも満たない歳の女の子の頭にわっかを飾ってあげた。
「わぁ、ありがとー!」
満面に笑顔を浮かべ、女の子は走り去った。とても暖かい気持ちで見守った。
「お疲れ。この村も数日で見違えたな」
背後から声をかけられて、立ち上がる。心地良い具合に低い声だった。
振り返るとそこには、三十代半ばぐらいの背の高い男性がいた。一見、厳つい印象を受ける。オールバックにまとめた黒い髪に、角ばった高い頬骨。二重瞼の切れ長の目が、性格の鋭さを表しているようだった。肩には、赤茶色の鷹が停まっている。
「ええ、午後からのお祭に間に合いそうでよかったわ。今年は外からのお客様もいらっしゃることだし」
そう返事をすると、男性は笑みを浮かべた。目元が優しくなって厳つい印象も大分和らぐ。
「始まるのはまだ二時間後だ。今のうちに休憩するといい」
男性の提案に頷いて、次に俯き、ため息をついた。
「どうした? お前がため息とは珍しいな」
「それがね……」
顔を上げて、再び目を合わせた。
「あの子を一人でお使いに行かせたの。不安だわ」
「アレなら大丈夫だろう。道草を食わないか心配だが」
「そうでしょうけど、やっぱり大人を付き添わせるべきだったわ。直前になってから足りないものがわかるのだからダメね」
「気にするな。きっとすぐに帰ってくる」
男性はそう言って一本の花を取り出した。背に隠していた手に持っていたらしい。
「そういえば、お前の好きな黄色い薔薇が咲いてるのを見つけた。今年最初の一本だろうな」
鮮やかな黄色の花弁から甘い香りが漂う。
「薔薇が好きというより、花言葉が好きなだけよ」
くすくすと笑う。
「ああ、『誇り』だったか」
懐から長いナイフを取り出し、男性は薔薇の茎を短く切った。それを手に取り、こちらの顔に近づける。
「よく似合う。……鏡がなくて残念だな」
「いいわよ、ナイフを見せて」
手を伸ばした。
ナイフを手渡され、そこに映る姿を確かめる。
髪に挿した鮮やかな薔薇が、自分の黒い髪に冴えていた。
「こっちにしようかしら」
花を右の耳へと移した。
もう一度姿を確認すると、今度は泣き黒子のある右目の隣に黄色い花があった。
「うん、素敵だわ。ありがとうね」
お礼を言って、ナイフを男性に返した。
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この少女が本当に人間なのか、たまに疑問に思うことがある。
聖女の全身から淡い金色の光が発せられる場面をチラチラ横目で見つつ、ゲズゥは訝しんだ。
最初に聖女が歌を獺に使った時、あまり注意して聴いていなかったが、今なら歌自体に催眠効果のような何かがあるとわかる。それは聖気に触れて感じた夢心地に似ていた。
こっちの腕の中に居て聖女が聖気を展開させる時が、ゲズゥには特に変だった。
抱え上げた瞬間は確かに相応の質量を感じたのに、聖気を展開した途端に曖昧になる。腕の中にいるモノは少女の姿をした別種の何かではないかと、この世のモノではない何かではないかと、根拠も無く疑ってしまう。
はっきりと軽くなるのを感じるとか、そういうのではない。自分の腕と腕に触れている聖女との境に、自信を失くすのである。まったくもって不可解な話だった。
「ギャアアアアアアッ!」
後ろからの威嚇の声に応じて、ゲズゥは横に半回転し、剣を振り下ろした。ザックリと、複数の薔薇の魔物を裂いた。
キリが無いと思っていた当初より敵の数は減っている。聖女に気を取られて、核の魔物が新しい薔薇を創造していないからだ。倒した後の魔物らが二度目に立ち上がることは無い。
不意に、聖女の声を聴いた。音量があまりにも小さくて何を言っているのかまではうまく拾えない。ひとつ宙返りをして、ゲズゥは魔物の攻撃をかわしながら体の向きを変えた。
着地した途端、聖女が倒れるのを見た。
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